第20話 自称"神さま"のお姉さん

 もしかしたら、いや、絶対そうだ。


 あれは、俺とあいつしか知らない。


 俺を除いて、あの馬鹿しか知らない。


 あれから夜が待ち遠しかった。


 誰にも見つかることがない、夜が待ち遠しかった。


「あった――嘆願書」


 本来なら守山の作業スペースに到着するまで、嘆願書は開かない。


 だが、こいつは、この嘆願書だけは違う。


 焦って手が滑り、上手く開かない。


 わかるかもしれない、来ているかもしれない、元――神さまが。


 苛立ちを感じながらも、嘆願書を開いた。


『神さまに会いたい』


 真壁、お前が教えてくれた通り、こいつは妙な嘆願書だ。


 とりあえず今できることは、この嘆願書を神さまの汚部屋に格納すること。


 ここに置いていれば、悪戯好きのやつが盗むかもしれん……主に真壁。


「今の神さまは、随分と芋っぽい少年になったんだねえ」


「ぬぉ!」


 完全に油断していたところに、突然、背後から――巫女さんの格好をした女性に声をかけられた。


「うわ、リアクションまで芋っぽいねえ」


「……誰ですか?」


「警備員」


「えっ! すみま――」


 言いとどまった、明らかに警備員の格好ではないからだ。


「いや、違いますよね」


「失礼だねえ。正真正銘、警備員だって。警備員の中の警備員だって。この世におぎゃあと生れ落ちてから今まで、ずーっと警備員だって」


 必死だ。


 それほど警備員と主張するのだから、本当に警備員なのかもしれない。


 ……でも、格好が違うんだよなあ。


「やっぱり違いますよね」


「疑い深いねえ。神宮ちゃんに『神さまは疑い深くならないこと』って指示しておくべきだったねえ」


「神宮ちゃんって――もしかして神宮紡のことですか?」


「そうそう、神宮紡ちゃんのこと」


 不審者かと思ったが、何故、神宮のことを知っているんだ。


 いやしかし、この際そんなことはいい――神宮の居場所さえ知っていれば、なんでもいい。


「警備員さん、神宮の居場所を知りませんか?」


「お、警備員として認めてくれるの?」


 その話は棚上げにしたいんだが。


「はい。色々と腑に落ちませんが、信じます。だから、神宮について知っていることがあれば……」


「だーめ。あたしのことを少しでも疑っている人と話したくないねえ」


 この人、中々面倒臭いぞ……。


「わかりました、わかりましたよ。もう一点の曇りもありません、あなたは警備員さんです」


「ま、警備員じゃないけどねえ」


「ちょっと! 嘘だったんですか!」


「全く、全くだねえ、全く。近頃の若いやつは、情報を疑わない」


「あなた、さっき『疑い深くならない』云々って言ってませんでしたっけ」


「忘れたねえ。ってか、あなた呼びはやめて。お姉さんって呼んで」


 この人と話していると調子狂うな。


「では、お姉さん。神宮のことについて――」


「神宮ちゃんの居場所は教えられないねえ」


 食い気味に言わなくても。


「知ってはいるんですね?」


「それはもちろん。あたしを誰だと思っているの」


「虚言癖で、コスプレ好きで、不法侵入が趣味のお姉さん」


「面白い、言ってくれるわねえ。だけど、残念。あたしは虚言癖でもなければ、コスプレ好きでもないし、はたまた不法侵入が趣味でもない。神宮ちゃんとあなたと同じ――あたしは神さまよ」

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