第26話 誰にだって辛い過去の一つや二つ

 話を全て終えた神さまは、黙る俺を見て、首を傾げた。


「どうしたの、そんな険しい顔しちゃって」


「険しい顔ですか……。まあ、なりますよ、それはもう、仕方がないです」


 本当に仕方がない。


 俺は、悪魔の証明を証明するまで、神宮を恨んできた。


 だが、神宮はただの神さま――眼前の巫女姿の神さまの言葉を借りれば、『神さま擬き』というやつだ。


 約一年前に、神さま擬きとなり、業務を遂行してきた――神宮は、なにも悪くない。


 だけど、目の前の神さまは――また別の話だ。


 怠慢。


 力が備わっていて、力を行使しなかった――それは、あまりにも怠慢だ。


 体中が熱くなっていくのを感じながら、俺は握り拳を作った。


「俺のお母さんは、ずっと前に亡くなりました」


「ふーん」


「その時、必死になって神さまに祈りました、『お母さんを助けて』と」


「そうなんだ」


「あなただったら、救えたはずなのにっ!」


「おうおう、怖いねえ。……うん、戸出くんの言い分はわかる――だけど、あたしに力を行使する義務はなかった。神宮ちゃんに任せたのだって、気まぐれのようなもの」


「でもっ! 神さまだったら! 助けてくれたって……良かったでしょう」


「残念ながら、それが現実。無情にも、非情にも、積み上げてきたものが、躊躇なく壊されることがある。それが――この世界で生きていくということ。辛い過去があるのは、なにもあなただけじゃない」


 俺だけじゃない。


 認めたくないが、今の俺なら、一理あると言える。


 そも、神宮のことをなにも知らなった。


 神宮がなにを思って、なんのために行動したのかはわからないし、そこまで踏み込んでいい間柄でもない。


 いやしかし、だからこそ、俺は神宮に謝らなければいけないのかもしれない。


 ぶん殴ってやろう、などと思っていたのだ――俺の身勝手で。


 冷静になって考えてみれば、俺に事情があるのなら、神宮にも事情があってもおかしくなかったじゃないか。


 それこそ、神さまにでも縋りたくなるような事情があってもおかしくはないわけだ。


 時すでに遅し――今になって後悔が押し寄せることが、悔しくて、情けない。


 ああ、偉そうにしているこのお姉さんにも、殴る気が失せた。


「神宮の居場所――どうしても教えてくれないでしょうか」


「うーん。不可能だねえ」


 不可能?


 単に『教えたくないから』ということではなく――教えることができない、か。


「不可能ですか。それ、可能にできたりしませんかね」


「無理無理。可能にできないから、不可能なんだよねえ」


「不可能を可能にするのが、あなたの役目だと思うんですが」


「その役目は、神宮ちゃんに委任して、神宮ちゃんから戸出くんに任されたと思うけれど」


「……ぐう」


「へえ。人間追い込まれても、ぐうの音は出るんだねえ」


 確かに……って、感心しては駄目だ、話を逸らされている。

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