第29話 ホットドックカーの出撃
俺は屋根から降りるとテオフィリアに声をかけた。
「車で出るから一緒に来てくれ」
そして、二階建て魔動車のエウロペのところに行き、ワゴンブルグの出入口を開けてくれるように頼んだ。
二階建て魔動車がゆっくりと後退する。出来た隙間からすり抜けるようにして俺は車をワゴンブルグの外に出した。
車を外に出したすぐ後に、俺は一旦車を停めた。バックミラーには、二階建て魔動車が再び前進して出入口を封鎖する様子が映っていた。
「運転を替わってくれ、テオフィリア」
「はい」
テオフィリアには、休みの日に俺の車を何度か運転してもらって慣れさせてあった。車からは降りずに、車内で二人ですれ違うようにしながら助手席と運転席を入れ替わる。
入れ替わり際にテオフィリアが誤ってクラクションを鳴らしてしまった。夜をつんざくような高音があたりに響き渡った。
「ごめん! トモくん」
「いや、大丈夫。この車は囮だからね。目立っても別にいいんだ」
「え? 囮なの?」
「うん。プラークシテアーの魔術を引き付ける囮だ。
この車には結界があるから魔術は効かないし、飛び道具も防げるから弓なんかも大丈夫なんだけど、人の侵入は防げないから野盗には捕まらないように気を付けて、迂回しながらプラークシテアーに近づいて欲しい」
「野盗が前に立ちふさがったらどうするの?」
「さけられないようなら跳ねていい」
テオフィリアは黙ってうなずくとサイドブレーキを下ろし、派手にノッキングさせながら何とか車を発進させた。
テオフィリアにはああ言ったが、出来れば静かに発進し、夜の闇の中でプラークシテアーに近づいてから奇襲したかった。しかし、見つかってしまったからと言って、逃げるわけにもいかなかった。ワゴンブルグにプラークシテアーを近づけてしまえば終わりなのだ。
「20キロまで速度を落としてくれ」
プラークシテアーがいるところまで200メートルくらいのところに近づいた時、俺はテオフィリアに指示を出した。
速度が落ちると天井のハッチを開き、バリスタに青銅製の矢を装填する。装填には10秒位かかった。
「ハイビームにしてくれ!」
「はいっ」
俺は前方に位置する魔動車の車輪に狙いを付けた。距離は150メートルというところだ。そして矢を放つ。反動で車が大きく揺れた。
矢はほぼ真っすぐに飛んで行き魔動車の車軸の軸受けに当たり、それを破壊した。片方の車輪が外れて魔動車は大きく傾き、魔女は車の天井から転げ落ちた。
次に俺は用意していたクロスボウを構えた。すれ違いざまに魔女の姿が見えたところで矢を放った。矢は魔女の太ももを貫いた。
よし!。
「いったん離脱しよう」
俺はハッチを閉じて助手席に腰を下ろすと、テオフィリアに言った。
「上手くいったみたいね」
「うん……」
「これからどうするの? 戻る?」
「いや。しばらくは背後から野盗をけん制しながら様子を見るよ」
プラークシテアーは大怪我を負ったが死んだわけではないので、まだ見張っている必要があった。
「わかった」
テオフィリアは車をいったん南に向けてから大きく旋回し、もう一度バリスタの射程距離に野盗の姿をおさめられるところまで車を持ってくる。戻って来たこの車を見て野盗たちが狼狽している様子が見て取れた。
「テオフィリア。やっぱり北に向かってくれ」
「北? どうして?」
「ちょっと気になる事があるんだ」
「わかったわ」
テオフィリアはハンドルを右に切った。
俺が気になったのは、ついさっきクロスボウで太ももを射ることに成功したプラークシテアーのことだった。もしやあれは囮だったのではないか、と不安になってきたのだ。
もし、出しなにテオフィリアがクラクションを鳴らすことなく奇襲が成功していたなら、そんな疑問は持たなかったかも知れない。しかし、結局、奇襲は出来ずにほとんど無策で突っ込んだだけにかかわらず、あまりにも簡単に行き過ぎたように思う。
それにあの魔女らしき女が炎系魔術を使うところを見たわけではない。あれがプラークシテアーだと確認出来たわけでもないのだ。
基本的に俺はネガティブで心配性な性分なので、上手くいきすぎるとかえって落ち着かず不安になってくるのである。
方向的に北が怪しいと思ったのは北西風が吹いているからだ。炎系魔術を使うつもりなら風上から来るんじゃないかと思ったのだ。
しかし、ここを捨てて北に向かうのは賭けでもあった。もしさっきのあれがプラークシテアーで正しければ、怪我をしているとはいえしばらく放置することになる。しかし迷っている余裕はなかった。行くしかない。
ヘッドライトの光を頼りに車は北に向かって走った。その間は俺もテオフィリアも無言のままだった。
「トモくん。あれ」
テオフィリアが先に何かを見つけた。メガメーデほどではないが、テオフィリアも二十一世紀人の俺より夜目が効いて視力もいいのである。
目を凝らすと前方に一台の車。荷台が付いた運搬用の魔動車だ。その荷台には干し草が満載されていた。
「マズいな。近くまで来たら一気にあれを燃やしてワゴンブルグにぶつけるつもりだろう」
彼らはすでにワゴンブルグまでかなり近づいていた。このままだと間に合わない。
「トモくん。しっかり捕まっててね」
「どうする気?」
「ぶつけて止めるから」
「え?」
テオフィリアはアクセルを踏み込んで車を加速させた。俺は助手席のシートに身を沈めて体を踏ん張る。魔動車までの距離が一気に縮まる。
魔動車の荷台には干し草の他に二人の人間が乗っていた。うち一人は鬚ズラの中年男。リュンケウスだ。傍らに三角形の黒い帽子と黒いローブを着た魔女らしき女の姿もあった。これが本物のプラークシテアーだろうか。二人はこちらを指さして何かを叫んだ。
ぶつかる直前にその二人は荷台から飛び降りた。その直後に俺の車は魔動車の左後輪にぶつかった。衝撃で首が前後に振られてヘッドレストに後頭部を打ち付けた。フロントガラスにひびが入る。ぶつかられた敵の魔動車は麦わらと木片を飛ばしながら回転した。あたりに砂煙が舞った。
俺の車は魔動車とぶつかったことでバランスを崩して大きく左右に振られ、そのままスピンに移行する。そして止まると同時にエンジンが停止した。
「だ、大丈夫か?」
俺はハンドルにうつぶせているテオフィリアに尋ねる。テオフィリアは頭を起こして、「大丈夫、どこも打ってない。トモくんは?」と返してきた。
「俺は大丈夫」
敵の魔動車の方に視線を移すと、車輪が壊れて完全に走行不能な状態に陥っているのが見えた。
俺たちが怪我をしなかったわけは、ぶつかった魔動車が軽かったからである。魔動車は魔動エンジンのパワー不足を補うために、車軸やシャーシ以外は出来るだけ軽い木材で作られている。特にこの魔動車は作業用で、荷台に麦わらしか積んでいなかったのが幸いだった。
「エンジンかかるかい?」
「ちょっと待って」
テオフィリアは何度もキーを回した。セルモーターがキュルキュル回る音だけがして、なかなかエンジンがかからない。振り返るとリュンケウスとプラークシテアーが車の背後から慎重に俺たちの方に近づいて来るのがちらっと見えた。
魔女は怖くないが、リュンケウスが厄介だ。この車の結界は魔力を持たない人間の侵入を防げないのだ。
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