第39話 ゾラ陥落

 その日のワゴンブルグの朝はいつもと様子が違っていた。ギルドに入れ代わり立ち代わり見知らぬ人が訪れていて妙に慌しそうだった。


「何かあったのか? ランパス」


 たまたま近くを通りかかったランパスを呼び止めて尋ねた。ランパスをここで見たのはギルドの落成式の日以来のことだ。


「ああ、トモか」


 ランパスは立ち止まって、俺の顔を見ながらしばらく思案するような顔をした。そしておもむろに口を開いた。


「他言無用に願えるか」


「うん」


「実はな。魔界から大量の魔物があふれ出て来て、西に移動しているという確かな情報がギルドに入ったんだ」


「……どうしてそんなことに?」


「わからんが前兆はあったと思う。以前お前たちと共にオークの巣を討伐しただろう?」


「それが何か?」


「あの頃からすでにオークのような大型の魔物の群れを討伐するような依頼が増えてきていたんだ」


「……」


「それまでは魔界からこちら側に侵入して来る魔物はゴブリンやダイヤウルフのような小型のものばかりだった。だからギルドへの依頼も農作物を荒らしたり家畜を襲うような、そんな小型の魔物の駆除が中心だった。

ごくまれにオークやラミアーのような大型がこちら側に出没することがあっても、それは単体のハグレと相場は決まっていた。つまり群れから追い出されて魔界では生きていけなくなったような個体が、エサを得るためにこちら側に降りて来るわけだ。しかしあの時のオークはどうだった?」


「たしか七頭の群れだったな。……魔界で何か異常があったとか?」


「うむ。おそらく、気候変動による食料不足とかそういうことだろうが……。とにかく現実に魔物の大移動が起こっている。非常事態だ」


 以前、メガメーデが話していたことを思い出した。ブラシアの町から外へ輸出される魔物素材が最近になって急激に増えているという話だ。


「守れそうなのか?」


「今のところは何とも言えん。ギルドは冒険者を総動員して魔界との出入口であるルミニアの谷に防衛線を引いてはいるが」


 魔界との境界線はレクリオンの東の端を縦断するヘリオン山脈だが、その山脈はかなり険しいので魔物が越えてくることはあまりない。しかしその山脈にはルミニアの谷という切れ目があった。レクリオンに侵入して来るほとんどの魔物はその谷を通って来るのである。

 ちなみに冒険者ギルドの本部があるゾラの町は、そのルミニアの谷からあふれてくる魔物を狩る冒険者たちが集まって出来た町だ。


「帝国軍には加勢を求めたのか?」


 ゾラの町には帝国軍が駐留している。


「一応はな」


「断られた?」


「ああ。軍長官には帝都からは魔物の南下を防ぐ指令しか受けていないと言われた」


「やはりそうか」


「そういうわけだから私は行くよ。ここのギルドのことをよろしく頼む」


「わかった。バルカンは今どこに?」


「あいつはゾラからわざわざ呼びに来てやった私を残して、レース用の魔動車に乗ってひとりで先に行きやがったよ」


 苦笑しながらランパスは言うと、自分の魔動車に乗ってワゴンブルグから去って行った。

 俺が彼女の姿を目にしたのはこれが最後だった。



 ゾラの町の陥落とランパスの戦死をギルドの受付嬢のクラリスから伝えられたのは、それから二日後のことだった。


「ランパスが死んだときはどういう状況だったんだ?」


 クラリスに尋ねた。


「昨日の深夜にゾラの町の北門が破られて魔物が入り込み、町は混乱状態に陥りました。そのどさくさに紛れて、ギルドの地下牢にいた罪人たちが逃げ出したのです。その者たちの中には死刑執行を待っていた魔女プラークシテアーとリュンケウスの姿もありました。

しかし逃げ出した彼らもすぐに魔物たちによって追い詰められました。ランパスさんはその罪人たちを助けに行ったことで魔物に囲まれて戦死されたのです。

私などは罪人など放っておけばよかったのにとか思ってしまうのですが、あの人はそういう人なんです」


「プラークシテアーとリュンケウスはどうなった?」


「リュンケウスはプラークシテアーを守ろうとして魔物に一瞬で引き裂かれたそうです。プラークシテアーはその後、炎系魔術を使って散々に抵抗しましたが、魔力切れで結局は」


「その頃、バルカンはどこにいたんだ?」


「バルカンさんはその頃、ギルドの命令でメリテの森の防衛についていました。ギルドの冒険者たちはゾラとメリテの森の二手に分かれていたのです」


「そうか……」


「トモノリさん。これからギルドはどうなってしまうんでしょうか。……不安です。ランパスさんはギルドの支柱だっただけに失った影響が大きすぎます」


 現ギルド長はゾラの崩壊の責任を取る形で、退任を決めたらしかった。


「まだバルカンがいる」


「無理ですよ。バルカンさんではとうていランパスさんの代わりには務まりません。

彼はA級冒険になった今でこそ落ち着いていますが、それまでは目下の者への当たりがキツい人だったんです。その仕打ちを今でも恨んでいる冒険者も少なくありません。

バルカンさんが落ち着いたのは、念願のA級冒険になったこともありますが、それよりランパスさんの存在が大きいと思います」


「もしかして、二人は付き合ってたのか?」


「……はい。私が話したということは内緒にしてくださいね」



 数日後、ギルド長が退任したことでスライドするような形で甥のバルカンが新ギルド長となった。そして冒険者ギルドの本拠もここの移動式ギルドに移された。

 しかしランパスを失ったばかりのバルカンはまだ仕事が出来る状況ではないので、ギルドの連中は相談してバルカンが落ち着くまでの間、代理を立てて彼を休ませることに決めたようだ。


 だが、ギルドの機能が低下している上、ギルド長のバルカンがそんな状態なので、魔物の問題はこのワゴンブルグ王国に重くのしかかることとなった。

 ギルドの機能不全によって、王国が積極的にこの問題を解決する他に手がなくなってしまったのだ。この北レクリオンにはギルドと王国以外にこの問題に対応出来るような勢力が存在しないからである。

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