第40話 境界線
東方向から来た商人によると、あふれ出た魔物の一部はすでにメリテの森を突破し、北レクリオンの中央部にあるヘイラ山脈にまで達しているという話だった。
この日、俺たちは仕事を休み、対応策を話し合うことにした。
「まずはワゴンブルグをメリテの森まで進めて、そこを拠点にして散らばっている冒険者たちを集めて、魔界との出入り口、ルミニアの谷をもう一度封鎖すべきだと思う」
メガメーデの提案だった。
「しかし、それだと流入を止めることが出来たとしても、すでに入ってしまった魔物を討伐するための戦力が足りなくなる。冒険者たちが今、散らばっているのは、そういう魔物を狩るためなんだ」
エウメデスという男が言った。彼はB級冒険者である。特に目立つような男ではないがバルカンを除くとここにいる冒険者の中で一番ランクが上なので、休んでいるギルド長バルカンの代理という立場になっている。
議論は紛糾し、それぞれがめいめいに意見を述べ始めた。
「どうしても戦力が足りないな。魔界からの魔物の流入を止めるための戦力と、すでに入ってしまった魔物を駆逐するための戦力。最低でもその二つが必要だ」
「帝国軍はどうだ?」
「期待できないだろう。帝国は北レクリオンのことには関心がないんだ」
「ならディル家に頼ればいい」
「それは絶対ダメだ。ディル家に頼ればそのまま北部に兵を居座らせてしまうだろう。ディル家は領内での移動販売を認めていない。ディル家が北部を支配すれば俺たちの居場所がなくなってしまう」
「聞いてくれ」
メガメーデが右手を挙げて皆を制した。
「悩んでいる時間はないんだ。これ以上流入が進めば我らにはとうてい手に負えなくなるだろう。まずは何としても流入を止めて、次どうするかはそれから考えるべきだ」
このメガメーデの言葉に反論できる者はいなかった。
魔物との戦いへの参加は自由意志にしたが、ギルドはもちろん、古いメンバーも新しいメンバーもほとんどが共に行動することを希望した。
しかし、ワゴンブルグを構成する全員が戦闘向きというわけではないので、そういう戦闘向きでない人たちには子どもや老人を預かってもらってこっちに残ってもらうこととなった。
車のところに戻って出発の準備を終えると俺は運転席に入り、魔動エンジンを回した。メガメーデの姿はまだ見えない。
ワゴンブルグ王国のメリテの森への進軍の際、まずは俺がメガメーデと共にこの車で先行する予定だ。結界があるこの車で先に行って、比較的安全そうなルートを確認しておくためである。
「慌しいですね。何かあったのですか?」
車の精が、運転席に座った俺に尋ねてきた。
俺は車に魔物の大移動から始まった一連の出来事を伝える。
「突然の魔物の西進ですか……」
「何か心あたりがあるのか?」
「はい。魔界との出入口にはドワーフ帝国がかつて建造したゲートが存在します。おそらくですが、何らかのトラブルがあって、そのゲートが開いたのではないかと」
「待ってくれ。そのようなゲートの話は聞いていないぞ」
魔界との出入口に位置するルミニアの谷には、もともと何もないと聞いている。だから冒険者たちが谷に柵を築いたりしながら魔物から北レクリオンを守っていたのだ。
「魔界との境界線の位置が変わっているのです。現在の境界線はヘリオン山脈の線ですが、ドワーフ帝国の時代は境界線はもっと東のラス山脈の線でした」
「そのラス山脈にドワーフが建造したというゲートがあるのか?」
「はい。そのゲートを再び閉じれば、魔界からの魔物の流入は大部分は止められると思います」
「完全に止められる訳ではないんだな」
「山脈を歩いて越えてくる魔物もいますので、完全に止めるというわけにはいきません」
「ゲートの位置は分かるのか?」
「はい。ルミニアの谷から魔界に入り、北北東に向かえば目立つ塔があるはず。ドワーフ帝国が魔界の監視のために建てた塔です。その塔の地下の最深部にゲートの開閉をするための機械室があるはずです」
「三千年前の塔が今でも残ってるだろうか?」
「その塔は今では再現できない技術によって作られたコンクリートを使って造られています。破損している可能性はありますが、完全になくなっていることはまずないと思います」
「わかった」
「しかし気をつけてください。塔の地下はダンジョンとなっていて、ガーディアンとして各所に大型のオートマトンが配置されています。そのオートマトンにはこの車の結界は通用しません」
オートマトンとは自動人形、ようするに人型のロボットのことである。
「そんな昔に作られた設備が動くのか?」
「自らをメンテナンスするようにプログラムされていますから」
「燃料は?」
「やはり魔石です」
「どうやって魔石を手に入れてるんだ?」
「魔物を誘い入れるために魔界側の入り口が開いているのです。そして迷い込んできた魔物を、オートマトンが仕留めて魔石を手に入れ、それを蓄積しています」
「その危険な入り口から入れと?」
「車が入れるのはそこだけですので」
「お前はそのダンジョンの内部のことは分かるのか?」
「そこには行ったことはありませんが、だいたいの傾向は分かります。ドワーフの施設はどこも良く似ていますから」
「……他に方法はないか」
背もたれにもたれてため息をついた。
「分かった。皆に伝えて来るよ」
俺は車にそう言うと、運転席のドアを開けた。
俺はメガメーデと共に戻って来ると再び自分の車に乗り込んだ。危険な任務である。頼りになるメガメーデと二人だけで行くつもりだった。
ドワーフのゲートの話を皆に伝えると、当然、どこでそんな情報を得たのかと問われたが、ドワーフ製のこの車に聞いたと言えばすぐに納得された。この車が不思議な力を持っていることは、王国の誰もが知っていることだからだ。
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