第41話 オートマトン

 車を出発させてすぐのことだった。誰かが俺の車の進路に立ちふさがった。バルカンだった。俺は車を停めてサイドガラスを下した。


「どうしたんだ? バルカン」


「俺も連れて行ってくれ、トモ。頼む」


「どこに行くのか知ってるのか?」


「エウメデスに聞いた。俺はランパスがどうして死ななきゃならなかったのか、その理由を知りてぇんだ。一緒に行くことはエウメデスにはもう伝えてある」


バルカンはいつになく真剣だった。


「メガメーデ、乗せてやってくれ」


「はい、旦那様」


 メガメーデは助手席のドアを開く。この車の助手席はベンチシートで広く、横に二人が並んで座ることが出来る。バルカンは助手席のメガメーデの隣りに飛び乗ると、自分でバンッとドアを閉めた。


 それから移動中の俺たちはほぼ無言だった。二人の様子を見ると大柄な二人が、難しい顔をしながら窮屈そうにしているのが妙に可笑しかった。

 いつもならバルカンが下品な冗談でも言って、メガメーデを怒らせているところだ。しかし、この日のバルカンは無言でずっと進行方向を見つめ続けるだけだった。


 メリテの森に近づくにつれて魔物の数が徐々に増えてきて、森に入ると一気に増えた。俺は車の結界を頼りにその中を突っ切った。魔界までもうすぐだった。


 出発から半日ほどで魔界への入口であるルミニアの谷に着いた。昨日までギルドが防衛ラインを敷いていたはずの場所だ。いたるところにに壊れた柵と杭が転がり、火がくすぶっていた。

 魔物であふれる谷を何とか抜けると、そこから魔界に入る。魔界にはいたるところに地面の裂け目があり、そこから瘴気のようなものが発っせられていた。


「あれは危険じゃないのか?」


 俺は車に尋ねた。この車が言葉を操ることには、バルカンとメガメーデももうすっかり慣れている。


「あれは古い地層にある古代の魔物の化石から生じる魔素で魔物にとっては魔力の素となるものですが、魔力を持たない人間にとっても特に危険なものではありません」


「わかった」


「トモノリさん」


「何?」


「ダンジョンに入る前にポイントを使って、私が言う武器を作って置いてください」


「ポイントはもう残ってないぞ」


「修理のために置いているポイントがあるはずです」


 日が翳りだしたころに木々の切れ間から半壊した塔が見えてきた。想像していたのよりも遥かに巨大だった。灰色の塔はあたりに不気味な威容を放っていた。

 地下ダンジョンへの入口らしきものは塔の東側にあった。そこから魔界の方に向かって長大な日陰が伸びていた。


 俺はすぐには入らずに一度車を停車させた。新しく作った武器を使ってみるためだ。それは火球を打ち出す筒だった。見た目がバズーカ砲に似ているので、俺は魔動バズーカと名付けた。

 サンルーフから上体を出して、結界の外に向けて試しに発射してみた。本物のバズーカ砲のように後ろからガスを噴射したりしない。それでいながら発射の音も小さくて反動もほとんどなかった。でも破壊力もあまりなさそうだ。

 しかし連射性能は高かった。二秒おきぐらいに火球を発射できる。そのあたりはプラークシテアーの炎系魔術とほぼ同じくらいの性能ではないかと思う。あまり撃つと魔力切れになりそうなので、試射はほどほどで止めた。


「行こうか」


「はい」


 俺たちは、入り口からダンジョンへと慎重に車を乗り入れた。ほぼ直線の緩い下りの石畳の廊下だった。道幅はだいたいこの車の幅三台分くらいだ。季節は夏だがダンジョンの中はひんやりとしていた。

 通路にも魔物はいたが結界が接近を阻んだ。俺たちは進行の邪魔になる魔物以外は、基本的に相手をせずに避けることに決めている。


 しばらく行くと広い空間に出た。その薄暗い空間には黄金色に輝く巨大な座像が据えられていた。多分、鎌倉の大仏くらいの大きさだと思う。


「何だありゃ」


 バルカンが声を上げる。


「あれがオートマトンです」


 車が答えた。石の床は魔物の血と肉でぎらついていた。


「襲ってくるかな?」


 今度は俺がたずねた。


「普通、オートマトンは動くものに反応します。ゆっくり動けば大丈夫だと思います」


「そうか」


 そう聞いた俺は、出口に向けてナメクジのような速度で車を動かし始めた。


「そこまでゆっくりでなくても大丈夫です」


「え、そうなの?」


「ぷはははは」


 俺と車とのやりとりがおかしかったのか、バルカンが久しぶりの笑い声をあげた。


 突き当りの出口から空間を出る。そこからは車がぎりぎり通れるくらいの狭い通路になった。ダンジョンに入って来ただいたいの魔物はさっきのオートマトンによって仕留められているようで、通路は比較的きれいだった。

 この通路には急な曲がり角がいくつもあり、一度では曲がれずに何度も切り返すハメになった。最後の角を右に折れると再び広い空間に出た。さっきとはまた種類の違うオートマトンが据えられている。


「これもスルーしたらいいのか?」


「はい。……いえ。どうやらこれは無視出来ないようです」


「どういうこと?」


「オートマトンの背後に扉があるのが見えるでしょう。その扉に描かれている標章から見て、扉の向こうがゲートの開閉をするための機械室に間違いありません」


「ゆっくり近づいて、あの部屋に入ればいいんじゃないのか?」


「おそらくですが、あのオートマトンは機械室を護るように配置されていますので、扉に近づくものに反応するようにセットされているのではないかと思います」  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る