第42話 貯水槽

「どうすれば?」


「そうですね。まずは一応、扉に近づくことが可能かどうかを試してみましょう。それが無理なら、オートマトンが動き出した瞬間から戦いになりますが」


「私とバルカンはどうすればいい?」


 メガメーデが車に尋ねた。


「まず、お二人は車を降りておいてください。

オートマトンが動き出したならトモノリさんが車で移動しながら魔動バズーカでけん制しますので、隙を見てオートマトンの懐に入り込んで、アキレス腱の位置にあるジョイント部分を攻撃してください。そこが弱点です。

転ばせることが出来れば、次は動力部を破壊してください。動力機関は下腹部にあります」


「了解した」


 メガメーデは答えるとすぐに車を降りた。バルカンもそれに続く。二人はオートマトンを左右に挟むような位置取りをした。彼らは普段はウマが合わないが、戦闘ではピタリと息の合った動きを見せるので心配はいらなかった。


「では行きましょう」


「うん」


 俺は半クラッチのまま車をじりじりと進める。近くで見上げると、オートマトンは余計に大きく感じた。

 突然、オートマトンが蒸気と共に笛のような音を発して目に光が灯った。わかっていたことだが、恐怖で身体が硬直しそうになる。


「動き出します。逃げてください!」


 車に言われるまでもなく俺は反射的にハンドルを切っていた。アクセルをふかして車を加速させ、立ち上がるオートマトンの足元をなんとかすり抜けた。


「運転は私がやりますので、ここからは攻撃だけに集中してください」


 車が言った。そう言えばこの車は動こうと思えば自力で動けるんだった。


 オートマトンの動きは思っていたよりずっと速かった。主な攻撃は両の腕による打ち下ろしのパンチだ。キックは無さそうなので、メガメーデたちが懐に潜り込めれば足元を攻撃することが出来るはずだが、動きが速すぎて近づくことすら出来そうもない。


 オートマトンは戸惑う二人は完全に無視して、こっちの車だけを走って追いかけてきた。空間の中央は貯水槽なのか水溜まりがある。車はその貯水槽の周囲を旋回するようにしながら逃げに逃げた。


「トモノリさん」


「何?」


「魔動バズーカで、オートマトンのへそ下あたりにある動力部を狙い撃ちしてください。

オートマトンは熱に弱いのです。搭載されている魔動エンジンはあの巨体を動かすにはパワー不足のうえ、熱処理が上手く出来ていないためです。だから高熱の火球を動力部に連続で当てることでオーバーヒートを起こさせるのです。そうすればしばらくは動きが緩慢になります」


「わかった」


 俺はサンルーフから上体を出した。そして狙いを付けようと魔動バズーカを構えた。


「ぐっ!」


 激しい揺れで振り落とされそうになる。なんとか下半身を踏ん張って堪えた。あまりゆっくり狙いを付けている余裕はなさそうだ。


 追われながら何度も貯水槽の周りを旋回しているうちに、オートマトンとの射線が一直線になるポイントが分かってきた。

 俺はそのポイントに来た時に魔動バズーカを放った。火球はまっすぐに飛んで行き、オートマトンのへそ下に吸い込まれるように命中する。同時に煙が立ちのぼった。それでもオートマトンは何事もなかったかのように追いかけて来る。

 続けて何度も撃った。冷却する暇を与えないのがこの作戦のキモだった。何度も命中させるうちにオートマトンの下腹部に焦げのような跡が出来てきた。


 30分ほど同じ攻撃を繰り返すと、オートマトンの身体から蒸気のようなものが発するようになった。そして、その蒸気の量が徐々に増えてくるにつれて動きが急激に緩慢になった。

 これをチャンスと見たメガメーデとバルカンは左右に分かれてオートマトンに駆け寄り、それぞれの武器である大剣と戦槌でもって両脚のアキレス腱のあたりにあるジョイント部分を攻撃し始めた。それを嫌がってオートマトンは腕を振って二人を払おうとするが、もはや避けられない速さではなかった。


 車はオートマトンとは貯水槽を挟んだ位置に停まった。俺と車はそこから戦いを見守る。二人に当たりとまずいのでもう魔動バズーカを撃つことは出来ない。あとは二人に任せるだけだった。


 しばらくすると、二人には攻撃が当たらないことを悟ったのか、オートマトンは腕を振るのをやめて、再び、ゆっくりと前進し始めた。


「ちょっとまずいですね。貯水槽の方へ行こうとしています。冷却水を補充するつもりです」


 この貯水槽はそのためにあったのかと思った。しかし、ここは二人に任せるしかなかった。

 二人もオートマトンの意図に気付いて、より激しく攻撃を加えるようになった。ここが勝負どころとみて、全力を振り絞っているのだ。


 もう少しで貯水槽に達するという所で、ようやくオートマトンは力尽きた。大きな音を立てながらうつ伏せに倒れる。下敷きになりそうになった二人は慌てて飛んでそれを避けた。水しぶきが上がる。オートマトンが倒れた時に頭を貯水槽に突っ込んだのだ。

 二人はオートマトンが動かなくなったことを確信すると、再び走り寄ってから動力部を何度も何度も殴りつけた。煙が立ち上る。そしてついにはオートマトンの目から光が消えた。


「倒したのか?」


「はい。おそらく」


「そうか……」


 俺は目を閉じて深く息を吐いた。


「では行きましょうか」


 そうだった。安心している場合ではない。今この瞬間にも、魔界から北レクリオンへと魔物が流入しているのだ。

 車は貯水槽の周りを回ってから扉の方へ向かった。車が扉の前に停車すると自動的に扉は開いた。

 俺はメガメーデたちに早く来るように合図を送るために、背後を振り返った。

 その時、倒れているオートマトンの目が点滅したように思った。

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