第43話 危険すぎる賭け
「おい」
車に異常を知らせようとしたとき、再び笛のような音を発してオートマトンから蒸気が噴き出した。そして身体を引きずりながら、頭をこちらに向けるように腕だけで旋回を始める。
そしてメガメーデたちの抵抗をものともせずに、うつ伏せの姿勢のまま、この車に向けて一直線に向かって来た。
完全に元のスピードを取り戻していた。どうやら倒れている間に貯水槽から冷却水を補充していたようだ。
「早く!」
俺は車に早く逃げるように急かした。
この車を射程距離に捕らえたオートマトンは左腕で上体を起こして、右腕を振り上げた。
急発進で逃げようとした車は、オートマトンが倒れた時に出来た水たまりを踏んだのか、水滴を巻きあげながら後輪を派手に空転させた。
「まずいですね。間に合いそうもありません」
オートマトンの腕が振り下ろされるその瞬間、視界が白く光ったような気がした。 俺は反射的にハンドルにうつ伏せた。
◆
どの位そうしていたのが分からない。どうやら気を失っていたようだ。
眩しい。窓の外には青空と雲が見えた。
……おかしい。俺はダンジョンの中にいたはず。
どういうことだ?
落ち着いてから辺りを見ると、見慣れた形の電柱と電線があった。そしてアスファ ルトの道路。どうやらここは二十一世紀の日本らしかった。
「帰ってきたのか?」
「はい。……そうしないと逃げられませんでしたので」
「一度異世界まで往復したら、エネルギー再充てんするのに二年かかるんじゃなかったのか?」
「その辺は私が後で改良し、もう一つ予備の魔力タンクを取り付けていたのです」
「そうか……。助かったよ。完全に死んだと思った」
「あぶないところでした」
「しかし、あの壊れたはずのオートマトンは、なんでまた動き出したんだろう?」
「わかりませんが、あれもおそらく予備動力でしょう。あくまで予備なのでバッテリーは少ししか持たなかったと思いますが」
「この車と同じように、あのオートマトンにも精霊が付いて自分で進化したとかじゃないだろうな?」
「精霊が付くことは極めて稀ですが、可能性はありますね」
「もしそうだとしたら、攻撃をやめてもらうように説得出来ないかな?」
「それは無理でしょう。精霊がついたところで元々の役割に縛られますので。
私はあなたの転移を助けるという役割に縛られますし。あのオートマトンは扉の向こうに入ろうとする者を排除するという役割に縛られます」
「あの世界には戻れるのか?」
「戻ることは出来ます。しかし……」
「しかし?」
「戻った場合は、あの瞬間に戻されます」
「戻れたところで、オートマトンに潰されるだけだと」
「はい」
「こっちの世界であいつを倒せるような武器を手に入れて、それを持って帰ればいいんじゃないのか?」
「そのような武器があったとしても入手出来ますか?」
あれを倒せるかもしれない武器と言うと、対戦車ミサイルとか……。
「いや。無理だな」
俺はため息をついた。少しの間、車内に沈黙が流れた。
「……トモノリさん。いっそ戻らずに、この平穏な日本で暮らしていくという選択肢もありますよ」
「……いや。戻る」
俺が戻らんとあの世界はどうなる。
向こうの世界では仲間たちが俺が帰って来るのを待っている。同胞を見捨てられずにあの世界に残ったというオノマトスの気持ちが今ならよくわかった。
「死ぬかもしれませんよ」
「それでも戻りたい」
「燃料は向こうに戻る分しかありません。戻れば当分はこちらに来れませんよ。……いや、もしかしたら二度と戻れないかも知れない」
「構わない」
何よりもテオフィリアに会いたかった。どんなに酷い世界でもいいから彼女がいる世界を守りたい。彼女がいる世界で共に生きて一緒に歳をとっていきたい。それがかなうなら二度とこっちに戻れなくてもいいと思った。
「そうだ! 車に鉄板を張って補強すればいいんだ。それくらいなら出来るし、とにかくどんな形でもオートマトンの攻撃に少しの間だけ持ちこたえることが出来ればいいんだろ?」
「……うーん。そうですね。確かに、車の剛性を高めることが出来れば、あの攻撃に耐えることが出来るかもしれません。危険すぎる賭けではありますが」
決断すると俺はすぐに自分が住んでいた家に戻った。
この小さな平屋の家は以前、俺が婚活をしていた頃に格安で買った中古住宅だ。地方の小都市なので本当に安くて、中古のコンパクトカーくらいの価格で買えた。
自分の部屋に戻るとテレビを付けた。日付を確認すると、俺が姿を消してから五日しか進んでいなかった。
鉄板は知り合いが働いている自動車整備工場で溶接してもらえることになった。そこに決めた訳は、その工場は普段から車検に通らないような改造で儲けている工場だからだ。しかし、そんな工場でも車に鉄板を張ると言うとさすがにいぶかしがられた。自主制作の映画で装甲車を使うんだと言って、何とか誤魔化した。
補強は予算の関係もあって運転席のまわりだけにした。まずは運転席内部を頑丈なロールバーで囲う。その上で運転席の全周を、厚さ五十ミリの鉄板で覆っていった。
当然だが、そんな分厚い鉄板を張れば車は重すぎてまともに動くことは出来ない。しかし、それでも全然問題ない。バッテリーが切れるまでの間、オートマトンの攻撃に耐えられればいいのだから。
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