第10話 ドワーフ族の滅亡

 テオフィリアの魔動車に明かりがともるのを見たあと、俺は車の精霊に語りかけた。


「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「何でしょうか?」


「この車はいったい誰が作ったんだ?」


 前から疑問に思っていたことをたずねた。


「そのことを説明するには、まずはドワーフ族の滅亡の歴史について語る必要がありますね」


「じゃあ、そこから頼むよ」


「はい。

ドワーフ族はかつてその進んだ魔力研究と科学技術によって世界を支配していました。しかし政治の失敗とそれをごまかすために繰り返された戦争や、魔物の大発生などによって国力がおとろえたことで、今から約三千年ほど前に人族によって滅ぼされました。

人族は自分たちを支配して奴隷にしていたドワーフ族とその文化を深く憎んでいました。そのためドワーフ族を滅ぼした時にドワーフ文明を徹底的に破壊しました。

結果、ドワーフ滅亡直後の人々の生活レベルは原始時代にまで戻ったとさえ言われています」


「ドワーフ族は今も少しは残ってるのかい?」


「ドワーフ族は一部を除いて老人と男性は皆殺しにされました。けれど若い女性のみは人族の男性との間に子を産ませるために残されました。

しかし、ドワーフの女性と人族の男性の間には子供は生まれるのですが、その子供には生殖能力がありませんでした。だからドワーフ族の血は今ではほとんど残っていないと思われています」


「じゃあ、なぜこの世界には、ドワーフの機械があるんだ?」


「それはドワーフ時代にドワーフの技術者の奴隷であった人族によって、一部の技術のみが模倣されて、ひっそりと継承されていたからです。しかし本質を理解しない継承なので、応用力はなく用途が限られた物でしかありませんが」


「この車もそういう人によって造られたのか?」


「この車だけは事情が異なります。この車はドワーフ族自身の手によって造られた物です」


「どういう事だ? ドワーフ族が直接造り出した物は人族に徹底的に破壊されたはずじゃないのか?」


「ドワーフ時代が衰退期に差し掛かったころ、滅亡を免れない事を悟ったドワーフ族はいずれ異世界に移住しようと考え、異世界への転移技術を研究しはじめました。

しかし、その転移技術が完成したのはドワーフ族が人族に滅ぼされる直前のことでした。ドワーフ族の異世界移住計画は結局間に合わなかったのです。

そのため試作一号であったこの車は、ドワーフ族の技術者たちの手によって厳重に隠されて封印されました。その後ドワーフ滅亡により知る人が亡くなったことで、この車は完全に歴史の闇に埋もれてしまったのです」


「車が言葉を話したりするのもドワーフの技術なのかい?」


「違います。この世界では歴史があまりに長いものには無生物であっても意識を持つことがあります。俗にその現象は精霊が付くと言われます。この車は封印されから二千年目に私という精霊、つまり意識を持ちました。そして私は自力で封印を解いて外に出ました」


「見た目が日本の普通の車なのはどうして?」


「私は意識を持ってからの長い年月の間に自己を変革することが出来る能力を自力で開発しました。それで日本に転移した時に警戒されないような形に自分を変革しました。そのような能力を持つ私は、もはや機械というよりある種の魔物のような存在なのかもしれませんが」


「あのホットドッグとかの生成技術は何のために?」


「この車に搭載されている食料と水の無限生成の技術は、異世界での生活を容易にするためにドワーフ族が研究していた物ですが、ドワーフの時代には結局完成しませんでした。しかし研究を受け継いだ私が独力で完成させました」


「それと、何のために俺を二十一世紀の日本から、この世界に転移させたんだい?」


 さらに俺は車の精霊にたずねた。


「異世界転移技術は、ドワーフ帝国の滅亡の一年半ほど前にオノマトスとアトレーという研究者夫妻によって開発されました。

転移技術の完成後、二人は帝国の上層部から試験的に異世界に奴隷を送るように命じられます。異世界に送る事が決まったのは二歳の人族の幼児でした」


「……。その人族の幼児が俺だってことか?」


「その通りです。

オノマトスはあなたと共に宝石と金塊を持たせたアトレーも一緒に送り出しました。そしてオノマトスは異世界に先に行って待っててくれと妻に告げました」


「なぜ、オノマトスは妻を異世界に送ったんだ?」


「一度異世界まで往復すると、この車はエネルギーを再充てんするのに約二年かかります。しかしオノマトスはおそらくドワーフ帝国は二年も持たないだろうと考えていたのだと思います。だからアトレーを先に異世界に避難させたのでしょう。

送り先の異世界は安全が確認出来ていた二十一世紀の日本でした。そしてプログラムに従って、車だけがこちらに戻って来ました」


「オノマトスが妻と一緒に行かなかったのはどうして?」


「共に行けばこの車を操作できる者が居なくなります。ドワーフ族の異世界移住計画の可能性が少しでも残っている限りは、オノマトスは同族を見捨てることなど出来なかったのだと思います」


「そしてエネルギーが充てんされる二年を待たずにドワーフ帝国は滅亡の憂き目にあい、オノマトスは滅亡寸前に車を封印したというわけか」


「その通りです」


「オノマトスはどうなった?」


「同族と運命を共にしました」


「そうか……」


 アトレーであっただろう俺の母は俺が八歳のときに病気で亡くなり、そのあと俺は孤児院で育った。今考えれば生前の母は、常に心ここにあらずといった感じで誰かを待ち続けていたように思う。


「日本に送った俺を、またこっちの世界に戻そうとしたわけは?」


「理由は二つあります。

一つ目の理由は罪悪感です。

当時は意識がなくプログラムに従っただけとは言え、赤ん坊を見知らぬ世界に捨てて来てしまったことに私は罪の意識を感じていました。だからもし生きているのであれば私が力になってあげたいと思っていました」


「もう一つの理由は?」


「二つ目の理由は好奇心です。

ドワーフと人族の間に生まれた子供には生殖能力がなかったことは先ほど申し上げましたが、この世界の人族と異世界の人族との間だとどうなるのかに私は興味がありました。しかし」


「……そこから先は言うな」


不明のままで終わったということだ。


「それにしても日本にいる俺をよく見つけたな」


「見つけることは簡単でした。あなたにはドワーフの技術者によって発信機が埋め込まれていたからです」


「え? それって大丈夫なのか?」


「体には害はありません。注射器の針で埋め込むことが出来る極小のマイクロチップなので」


「そしてキャンピングカーショーで展示車に偽装して俺に乗らせて、この世界に連れて来たってわけか」


「はい」


 つまり俺は二十一世紀の日本から来た異世界人であると共に、三千年前から来たタイムスリッパーでもあるという事か。ほんとややこしい。


「今までの話によると、もしかしてこの車は自力で動けるのかい?」


「はい、今はその機能は停止していますが、動こうと思えば動けますよ」


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