第9話 ウインドサーフィン
テオフィリアは散々俺をくすぐり倒したことで満足したのか、やっと解放してくれた。
「じゃあ、海に行こうか」
サンダルを脱ぎ捨てると、俺はテオフィリアの先に立って遠浅の海にじゃぶじゃぶと入っていった。彼女は腰の下まで浸かる深さまでは俺について来たが、そこからは海に入るのを怖がって立ち止まる。そしてすがるような目を俺に向けた。
「ゆっくりでいいよ」
俺は彼女のほうを向いて両の手を伸ばした。彼女は小さく頷くとおずおずとその手を掴んだ。そして少しずつすり足で前に進む。
彼女はいつになく真剣な表情だったが、俺は全く別のことを考えていた。触れた彼女の手のひらがやわらくてみずみずしく、まるで吸い付くみたいな感触だったのだ。
彼女の手の感触のあまりの気持ちのよさに再び下半身が反応しそうになって俺は慌てて腰を落とした。そのために彼女はバランスを崩してしまう。
「きゃっ!」
水しぶきを上げて水中に倒れかかった彼女を俺は反射的に支えた。ヒヤリとしたすぐ後で、さっきとは別の柔らかい感触が腕から伝わった。胸のふくらんだところを思いっきり抱えてしまったらしい。俺は彼女から体を離すと「ごめん」と謝った。
「こっちこそごめんね」
体を起こした彼女はそう言うと、顔を赤く染めながらずれた水着を直した。
気を取り直してもう一度海に入る。今のトラブルで一度海に浸かってしまったことで、彼女も怖さはなくなったようだった。それから後はリラックスして海を楽しんだ。
海鳥の鳴き声と波の音だけが耳に届いた。海水浴客もおらず、エンジン船も存在しないこの世界の海は信じられないほどの静けさだった。
遠くで白い帆を上げた横帆船が海面を滑るように横切った。俺はそれを見て、かなり昔にやったことがあるウインドサーフィンのことが頭に浮かんだ。
当時俺はマリンスポーツをやればモテるはずと思って非モテの仲間と一緒に初心者講習に通ってはじめたのだが、実際にやってるのはオッサンばかりだったので数ヶ月でやめてしまったのである。しかし一応は乗れる程度にはなっているはずだ。
車の修理用にとってある100ポイントを引いても、残りは90ポイント残っている。それを使ってボードとセイルを作ってみようと思った。
ウインドサーフィン用の道具は、完成までに20分ほどかかった。45ポイントだった。
完成したボードとセイルを別々に渚まで運ぶ。どちらもやたらと重かった。ドワーフの技術にはプラスチックもカーボンもアルミも存在しないので、ボードは木製、マストは青銅製、セイルは帆布で作られている。重いはずだ。
波打ち際でボードとセイルをジョイントで繋ぐ。ジョイントの稼働部分があまり上手くいかなかったようで、動きが硬いがまあ何とかなるレベルだ。
「これ何? 船?」
彼女が目を輝かせながら俺に尋ねた。
「まあ、見てて」
俺は完成したボードを海に押し出す。フィンが海底に引っかからない深さまで来てから慎重にボードに乗った。紐を引っぱって重いセイルを立ち上げる。
久々なので怖かった。へっぴり腰で持ち手につかまるとセイルが風を孕んで急発進した。バランスを崩しそうになったが何とか耐えた。
ボードが重いせいか航行中は意外と安定していた。浜に平行にボードを走らせる。下手くそのせいで亀のように遅かったが、マリンスポーツなど見たこともないテオフィリアにとっては十分刺激的だったようで、興奮で飛び跳ねながら歓声をあげていた。
「乗ってみる?」
俺はボードから降りるとテオフィリアにたずねた。テオフィリアは目を輝かせながら「うん」と言った。
俺はセイルの持ち上げ方と乗り方を彼女に教えたが、彼女にはやはり重すぎたのか一人でセイルを持ち上げることは出来そうになかった。
仕方がないので、セイルを持ち上げるのは俺がやり、そのまま二人乗りをすることにした。ボードは大きめなので二人乗りでも全然問題なかった。セイルの持ち手をつかんだ彼女に後ろから覆いかぶさるような形になった。
波を切ってボードを走らせた。テオフィリアは顔を紅潮させながら何か言ったが、セイルがはためく音でよく聞こえなかった。
「何か言った?」
「風が気持ちいいね!」
ビキニ姿の彼女のほんのりと日に焼けた肌を見ると、中世初期くらいの文化の世界の人であることを忘れてしまいそうになる。まるで二十一世紀の若者みたいだった。
夕方近くまで海で遊んでから道具を片付けて、蛇口から引いたホースの水でボードとセイルを洗った。ホースは魔物の腸を加工して作られた丈夫なものだが、四十ポイントも必要だった。しかしこんな時、無限に出る水があるのは助かる。ボードを洗い終わったら今度は自分の濡れた体を真水で洗った。
生まれて初めてホースという物を見たテオフィリアが好奇心からうかつにも近づいてきたので、彼女にも思う存分に冷たい水をかけてやった。キャーキャー大はしゃぎする彼女。
全てが終わるとボードとセイルをルーフキャリアに載せて車で帰った。
夜遅くにテオフィリアの魔動車が停めてある元の場所に着いた。
「今日はありがとうトモくん。すごい楽しかった。また行こうね」
彼女はそう言うと助手席のドアを開き「今晩は自分の車で寝るね。お休み」と自分の魔動車の方へ帰って行った。俺が疲れているだろうと気を使ってくれたのだ。
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