2章 十字路編
第11話 十字路に出店
翌日の夜のことだった。テオフィリアは今晩は俺の車で寝るつもりらしく、枕を持って運転席に入った。
「トモくん、そろそろ営業の場所、移動しない?」
寝る前の話の流れでテオフィリアが言った。移動販売車なのだから時々場所を移動するのが当然のことだったが、めんどうな事もあって俺は最初に店を開いた場所から一度も動いていなかった。
「どこかいい場所知ってるのかい?」
「うーん。そうねぇ。この北レクリオンで一番営業に向く場所はペロエの町の周辺だろうだけど、その辺りで店をやるにはペロエの町の商業ギルドの営業許可が必要なのよね」
レクリオンというのは、俺たちがいるこの地域の全体名称である。その中でもアンテドン川より北側は北レクリオンと呼ばれている。
「許可証は簡単に取れるのか?」
「地元出身なら申請したらすぐおりるらしいけど、あたしもトモくんもよそ者だからね。簡単ではないと思うわ」
また彼女の説明によると、地元の貴族であるディル家の支配下にあるアンテドン川より南側一帯には移動販売車は行かないということが暗黙の了解になっているとのことである。
「だからその辺りを除くと、いい場所は限られてるけど、とりあえず十字路付近に移るのはどうかしら?」
テオフィリアが言う十字路とはカデス村とテオ村を結ぶ街道上にある十字路のことである。交通の要所であるため、今の場所より人通りは多くて客も集まりやすい。
「ただね。一つ問題があるのよね」
「何?」
「その十字路は魔物が出るデュケの森のすぐそばなのよ。だから夜になると時々魔物が現れるらしいのよね」
俺が初めて魔物狩りをしたあの森の名は、デュケの森と言うらしい。
「その心配はしなくていいと思うよ」
俺はこの車には結界が張れるのでこの車で寝る限り、魔物に襲われることはないことを彼女に説明した。
そういうわけで翌日、俺たちは実際に十字路へと移動した。その場所にいた他の移動販売車は4台だった。十字路の南側に一列に並んでいて、俺たちはその最後列に車を付けた。列の一番西である。二人で手土産を持って近い車から順番に挨拶に向かう。
食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。1台目は串焼にした羊肉を売っている魔動車だった。やっているのは20代の若いカップルだ。まだ午前中だがお客さんはそこそこ入っている。
客が途切れた時に食べさせてもらったが、羊肉独特の臭みは香草によって上手く消されていてなかなか美味だった。
十字路を挟んで西側に停められた次の車は、30代の夫婦がやっている居酒屋だった。香油を混ぜたワインやハチミツ酒を出している。水が貴重なこの世界では人々は昼間でもワインを飲む事が多い。
次は十字路を挟んで東側に停められた車である。そこではウナギのかば焼きが売られていた。非常に人気がある店らしく、この日は行列が出来ていた。やっているのは四十代くらいの夫婦だった。
最後の車は30歳位の黒髪の美しい女性だった。彼女はひき割り小麦を使った粥を作って出しているらしい。
訪ねた時は客が一人もいなかった。女性は自分の名前はカサンドラだと自己紹介した。透き通るように美しい肌の女性だった。疲れからなのか目元が多少くたびれているところが逆に色気になっていた。
「少し前まではこの場所には、10台以上の移動販売車がいたのですのよ」
カサンドラの声は低くて少しかすれていた。
「どうして少なくなったんですか?」
テオフィリアがたずねた。
「最近になって東の方からオークの群れが流れてきて森に住み着いたのです。
そのためにたびたび襲われるうちに徐々に台数が減って来て、10日ほど前には、ついに死者まで出て、そのことがあって一気に減って今では4台になってしまいましたの」
彼女は言った。オークとは緑色の肌をした人型の魔物である。ゴブリンと似ているが、それよりずっと大型で力も強い。好戦的で危険な魔物だ。
俺とテオフィリアも昼前に店を開いた。前からの馴染みのお客さんも足を延ばして来てくれたので、その日は100個ほどのホットドッグが売れた。
その日の深夜のことだった。俺は物音で目を覚ました。
月明かりの下、外に出て様子を窺うと、道の向こう側で3頭の大きな魔物が盛んに吠え声をあげながら、1台の魔動車に群がってしきりに攻撃しているのが見えた。おそらくあれがオークだろう。
「あの車って、あのきれいな女の人の車よね」
テオフィリアも起きて来たのか、車体後部の窓から身を乗り出していた。
カサンドラの姿は見えなかった。おそらく車の中で息をひそめているのだろう。 テオフィリアは心配そうに眉根を寄せた。
「助けに行ってくるよ、テオフィリア。君は自分の車に戻っていてくれるか?」
「あたしも行くわ」
「悪いけどテオフィリアの分の武器がないんだ。だから今回は俺一人で行く」
「……分かったわ。でもどうやって助けるつもりなの?」
「オークを挑発して、この車におびき寄せるつもりだ」
「危なくないの?」
「この車には結界があるから大丈夫」
この車の結界ならオークの侵入を防ぐことが出来るし、投石なんかも防ぐことが出来る。オークが持っている棍棒や石器は結界をすり抜けるが、こっちから攻撃範囲が広い槍で攻撃するなら、そう危険はないはずだ。
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