第12話 未亡人カサンドラ
納得したテオフィリアが自分の車に戻ったのを確認すると、俺はヘッドライトを付けずにそっと車を発進させた。そして襲われている魔動車から少し距離を置いた南側に車を停める。
クラクションを数回長く鳴らした。オークたちの視線がこの車に集中し、その後すぐに一斉にこっちに向かってきた。
俺はある程度引き寄せると、いきなりハイビームを浴びせた。オークたちは眩しさのあまり目を背けながらその場に立ち止まる。その隙に俺は車を発進させて、オークたちのすぐ後ろに回り込んで車を停止させた。
車から降りると、結界の内から磨製石器の槍でオークたちの背中を突きまくる。視覚を取り戻したオークは俺を見つけて何とかやり返そうとするが、そのたびに結界に阻まれて混乱に拍車がかかった。
槍を奪われるとまずいので安全なところばかり突いていることもあって、致命傷は与えられそうにはない。しかし、何とか出来る範囲で、筋肉質なその体を削りまくってやった。
どのくらいの時間、戦っていたのかは俺には分からないが、結果として戦意を喪失したオークたちは暗い森へと帰って行った。それを見届けた俺は、疲れと安堵からその場に座り込んで大きく息をついた。
何とか撃退することができたけど、ちょっと少し不安が残る内容だった。正直もっと出来ると思っていたのだ。車がレベルアップして、いろいろ便利になったこともあって自分も強くなったような気がしてた。
しかしそれは錯覚だった。今回はオークが3頭だけなので何とかなったが、もし相手が魔物ではなく、結界が通用しない山賊とかだったらと思うと冷や汗が出る。車にばかり頼らずに、自力で出来るだけのことをやれるようにならなければ、そのうちに詰んでしまいそうだ。
俺はカサンドラの無事を確認すると、その夜はすぐに元の場所に帰った。
翌朝、早い時間から俺の車のところに他の店の人たちが集まって来て、昨日のオーク撃退の礼を言いに来た。カサンドラも一緒だ。今日の彼女はゆったりした生成り色のチェニックを身に着けていた。
集まったついでに俺は自分の車の無限に水が出る蛇口から車外にホースを伸ばして、この水を皆も使ってくれていいことを伝えた。そしてそれぞれが持ってきた桶に水を入れてやった。
この十字路がある場所は泉から遠いという欠点があったようなので非常に喜ばれた。この車のおかげで、どうやらこの場所にもすぐに馴染めそうだ。
開店の準備のために他の店の人たちは帰ったあとも、なぜかカサンドラだけが一人残っていた。
「昨晩は本当にありがとうございました。助かりました」
彼女は何度目かの礼を述べた。
「お役に立てて何よりです」
「それで、あの……。あつかましいお願いなんですけど、あたくしもこの場所で一緒にいさせてもらえませんでしょうか? また、ああいう事があったらと思うと怖くて怖くて……」
「全然構いませんよ」
俺はテオフィリアに手振りでこっちに来るように促した。
「お二人はご夫婦なのですか?」
カサンドラがたずねた。
「いえ、違いますよ。友人で隣同士で商売してる間柄です」
「どうしたの?」
すぐ横に来たテオフィリアが俺にたずねた。
「彼女が俺たちの横に来たいって」
俺はテオフィリアに耳打ちする。
「いいんじゃない」
彼女はあっけらかんと言った。
しばらくするとカサンドラが自分の魔動車を移動させて来た。車には昨晩のオークの襲撃の傷痕がいたるところに残っていて痛々しかった。
カサンドラは自分の車を俺の車の後ろにつけた。これで東からテオフィリアの車、俺の車、カサンドラの車という並びになった。
この日の売り上げは過去最高で、ホットドッグは160個ほどが売れた。テオフィリアの店もかなり販売数が伸びたようだった。
少し気になったのはカサンドラの店のことだった。昨日訪ねた時も客がいなかったが、今日も客がほとんど来ていなかった。
夕方、営業を終えて一人で木陰で夕涼みをしていると、テオフィリアがやって来て俺の隣に座った。
「あの人、未亡人なんだって。あの魔動車は元の旦那さんが残した物らしいわ」
「そうなの?」
「うん。元々旦那さんがやってたんだけど、1年ほど前に旦那さんが亡くなってから、生活のためにあの人が自分でやり始めたらしいの。でもなかなか上手くいってないんだって」
「そうか……」
「私はね。メニューが厳しいと思うんだ。ひき割り小麦って普通は家で食べるものだしね」
俺には、この世界の食事の事情がよく分からない。
「外食するお客さんは普段と違う物を食べたいわけだから」
「それはそうかも知れないな」
「それでね。彼女がどうしたらいいかって、あたしにきいて来たの。それならトモくんに相談してみたら? って言っといたからよろしくね」
テオフィリアは言うだけ言うと自分の店の片付けに戻った。
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