第13話 サキュバスの血

 翌日の営業終了後にカサンドラの店のメニューを一緒に考えることになった。今、彼女が店で出している粥のレシピを見て俺は一つの可能性を考え付いた。それはお好み焼きである。


 お好み焼きのレシピは小麦粉、かつおだし、ネギ、長イモ、豚肉、キャベツ、卵、紅ショウガ、あとは青のりとかつお節、そしてお好みソースである。

 このうちネギ、豚肉、キャベツ、長イモ、卵はこの世界にもある。ここにない物は、かつおだしとかつお節、紅ショウガ、青のり、ソースだ。

 紅ショウガと青のり、かつお節はなくてもまだ何とかなるような気がする。問題はかつおだしとソースだった。


 とりあえずある物だけで作ってみたが、どこか違う。かつおだしがないので味気ないこともあるが、どうやら小麦粉の種類が違ったようだ。何種類かの小麦粉を試して最適な物を使うことにした。

 かつおだしはいろいろと試してみたところ、ブリオという魚の燻製から取れるだしが一番近い気がしたので、それで代用することにした。

 問題はソースだが、これは俺の車で生成できるヒレカツとキャベツのホットドッグ用のソースで代用することにした。


 試行錯誤の末そろえた材料で作ってみると悪くはなかった。本場のプロが作るようなお好み焼きには遠く及ばないが、素人が家で作るお好み焼き程度の味にはなっている。このくらいならこの世界なら十分なはずだ。


 そして俺とテオフィリアの5日おきの休みの前日、カサンドラはお好み焼きを初めてメニューに出したが、どうやら好評だったみたいだ。

 その日のカサンドラの店の客の入りはいつも通りだったが、常連客にお好み焼きをすすめるとほとんどの人が頼んでくれたらしい。



 翌日の休みには俺はテオフィリアと一緒に商人の町ぺロエに向かった。目的が二つあった。

 一つ目の目的は新しい武器を買うためだ。今持っている武器はすべて磨製石器製なので、オークの硬い皮膚に対抗できる金属製の物がほしい。

 もう一つの目的はテーブルと椅子を買うためだ。十字路の他の店はどこもテーブルと椅子を揃えていたからだ。そのことをテオフィリアに相談すると、彼女も、「あたしも欲しいと思っていたの」と言った。



 車を町の外に置くと、歩いて北西門に向かった。俺は外を歩くとよく動物のうんこを踏む。この世界ではうんこがやたらと道に落ちているのだ。なぜか町の城壁の中にも落ちている。今の時期だとだいたいのうんこはからっからに乾いているが、出したてのを踏んでしまうと悲惨だった。


「トモくん、また踏んだの? どうしてなの?」


 テオフィリアが呆れた顔で言った。何でと言われても、うんこがあるからとしか……。


 北西門から町に入った。まずはテオフィリアの買い物に付き合うことになり。町の中心部へと向かう。裕福で美しい町だ。道は石で舗装されており、噴水のある広場では大道芸人たちが技を競っていた。

 彼女の買い物時間はおそろしく長かった。しかも一度訪れた店にしばらくたってからまた行くため、町の端から端までを二度往復させられるハメに。それだけ時間をかけても彼女は結局一番最初に見た店で服をちょっと買っただけだった。


 次は武器を買いに行く。鍛冶屋の場所は町の一番奥だった。湖のすぐそばだ。俺はそこで穂先が鉄製の槍を買い、テオフィリアはクロスボウを買った。兜と鎧も買っておいた。魔物相手ならあまり必要ないが、山賊などに襲われた時のためだ。それらの買い物を済ませた後で家具屋に行き、テーブルセットをいくつか注文した。


「カサンドラさんの店の新しいメニュー、評判いいみたいね。さすがはトモくんね」


 ぺロエの町からの帰りの車中でテオフィリアが言った。


「客が増えるかはまだ何とも言えないけどね」


「カサンドラさんの店って、お客さんは男性がほとんどだって言ってたわね」


「うん」


「やっぱりあんな美人だからかしら」


「テオフィリアも同じくらい美人だと思うけど」


 俺がそう言うとテオフィリアは、顔を赤く染めて動揺した。


「そ、そんなことないわよ。それに、あたしのとこの客層は男女半々くらいよ」


「君の店の商品は若い女性向けだから」


「そういうつもりでもないんだけどね。でもカサンドラさんってさ。典型的なサキュバス美人だよね」


 照れ隠しなのか、テオフィリアは話をそらせた。


「サキュバス? サキュバスってほんとにいるのかい?」


「いないわよ。ドワーフと同じで、大昔に滅んだ部族よ。

でも戦争で滅んだドワーフ族と違って、サキュバス族の場合は人族との同化が進んだことで消滅したから、今でもまれに人族の中にはサキュバス族の血が濃く現れる人もいるの」


「カサンドラさんがそうなのかい?」


「うん。濡れたような黒髪に透き通るように白い肌。それに血のように赤い唇。

それらは美しいことで有名だったサキュバス族だけが持つ特徴なのよ。でも、あんなにはっきりと現れてる人も珍しいわね」


 俺はカサンドラの容貌を思い出していた。


「伝説のサキュバス族は人族の男性の精を死ぬまで吸いつくすらしいけど、トモくんも吸われないように気を付けてね」


 彼女はいたずらっぽく微笑むとそう言った。

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