第48話 開戦
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それから数日後の朝のことである。バルカンが俺のところへ来て言った。
「トモ。ゾラのギルドから緊急の報告が入った。ディル家の軍がブラシアの町を出発したらしいぜ」
ゾラの町の冒険者ギルドは、魔物によって町と共に破壊されたが今は仮の建物で営業している。
「いつもの演習じゃないのか? バルカン」
「いや、違う。大型魔動車を20台ほど連れてるらしい。どう見ても長期戦の構えだ」
「数は?」
「およそ800だ」
メガメーデの予測はほぼ当たっていた。
こちらの戦力は、ワゴンブルグの住民が150名ほどとギルドのメンバーが300名ほどだ。あと王国内の村からある程度なら兵を集めることが出来るだろう。
まず俺たちは戦いに備えてあらかじめ決めておいた段取り通りに、女性や子どもや老人を東部にあるオイフェ村とカイネ村に向けて逃がした。もちろんテオフィリアも一緒だ。今回は激戦が予想されるので彼女たちを危険な目に合わせたくなかったからだ。
王国軍の基本方針としてはディル家の軍をある程度西へと引き寄せてからステナ村の南へと移動し、そこにワゴンブルグを張って敵を迎え撃つ予定だ。
しかし敵は伏兵を警戒しながら来るためか、その進軍は異常なほどに遅かった。
夕方、ディル家の軍の主力がアンテドン川を越えてペロエの町の西に到達したころ、ブラシアの港で敵が船の準備をしているという情報が入った。
「ガレー船か?」
俺は情報を持ってきた若者に尋ねた。この世界では軍船と言うとガレー船と決まっている。
「はい」
「何隻?」
「7隻とのことです」
一隻につき戦闘員が30名とすると、その7隻でだいたい210名の兵が乗っていることになる。
「どう思う? メガメーデ」
「海岸沿いを北へ櫂走し、どこかの砂浜に乗り上げて兵を上陸させるつもりではないかと思います」
軍用ガレー船は非常に軽く造られていて喫水も浅いので、そんな運用が可能だった。
「やはり目的はポロエ村か?」
「おそらくそうでしょう」
ポロエ村を占領されると厄介だった。俺たちがステナ村の南にワゴンブルグを移動させれば、東西から挟撃されることになる。
敵の主力の進軍がやけに遅いのは、それにタイミングを合わせるためかも知れない。
「どうにも動きづらくなってしまったな」
俺は唇を噛んだ。
「とりあえずポロエ村にはバルカンを送って、俺たちは今の場所(三叉路)で様子を見ようか」
「それがいいでしょう」
貴重な戦力を裂くことになってしまった。
「旦那様、私が兵を率いてヘイラ山脈を迂回し、ディル家の軍の背後から奇襲をかけてみましょうか?」
メガメーデが尋ねた。
悪い提案ではないけど敵の出方がまだ分からないのに、メガメーデが傍を離れるのは不安だった。
「いや、敵の狙いがはっきりするまでは待ってくれ」
「分かりました」
翌早朝のことだった。敵の本隊がステナ村のすぐ東の位置にまで達したという報せのすぐ後で、テオ村が船で急襲されて占領されたという報告が入った。
「ポロエ村の間違いじゃないのか?」
俺は聞き間違いかと思って使者に問いただした。ポロエ村ならブラシアの港から沿岸沿いを櫂走すれば比較的安全に向かえる。しかしテオ村に行くとなると帆を上げて一旦、荒波の外海に出ないとダメなので、航海期を過ぎた今だと危険すぎる移動になるのである。プロの船乗りなら、まずやらない行動だ。
「テオ村です。間違いありません」
「……」
「旦那様。おそらく航海中の損害も計算に入れた上での作戦行動だったのでしょう」
メガメーデが言った。
「くそっ」
完全に意表を突かれた。
しかし、困ったことになった。テオ村からだと敵は東部地区にも兵を送れるのだ。 東部に避難させたテオフィリアたちが一転して危険になった。あっちにはほとんど守りの兵を置いてない。
「すぐにテオ村を奪い返しに行かないといけない。皆を集めてくれメガメーデ」
「落ち着いてください旦那様。我らが今、三叉路から動けばステナ村が孤立してしまいます」
確かにメガメーデの言う通り、俺たちがここを動けばステナ村が危なかった。
「それにテオ村にいる敵が東へ向かう心配はありません。彼らは本隊と連携して我らと戦うために、危険を冒してまであの場所を取りにきたのです。そこまでして得た場所を捨ててまで東に向かうことはありえません」
「それもそうか」
「テオ村には私が行きましょう。テオ村の敵の行動は私が見張っておきますので、ワゴンブルグはこの場所で村と連携しつつ敵の本隊を迎え撃ってください」
メガメーデを送り出すのには迷ったが、しかしそんな仕事を任せられるのは彼女をおいて他に誰もいなかった。
「わかった。頼む」
メガメーデが50名ほどのギルド員と魔動車10台を率いて戦列を離れた。
俺はメガメーデとの打ち合わせ通りにこのまま三叉路で敵を迎え撃つつもりだったが、エウメデスと冒険者ギルドの連中が主になって、今の位置よりもっと北東にワゴンブルグを構えるように俺に要求してきた。
彼らも東部地区に家族や恋人を避難させている。そのためテオ村の敵軍が北の街道を通って東部地区に向かうことを警戒していて、出来れば街道沿いに陣取って敵の東進を阻止したいと考えているだ。
ギルドの者たちは魔物にゾラのギルドを破壊された時に身内を失った者が少なくない。その時の経験がトラウマになっているのかもしれない。
一応は俺は王という立場ではあるが独裁者というわけではないので、皆の意見を無視するというわけにもいかない。話し合いの結果、折衷案として今の場所と彼らが主張する場所の真ん中あたりにまで移動することに決まった。
具体的に言うとステナ村の北にある一本杉のあたりだ。その辺りからだと北の街道も監視できるし、ステナ村にも比較的近い。ポロエ村までは遠くなるが、そこにはバルカンがいるから大丈夫だろう。
そういうわけで俺たちは本営を動かしたわけなのだが、後で考えるとこの時の俺たちは敵の動きに対して完全に後手後手の対応になってしまっていたと思う。
俺たちが一本杉に移動しはじめてしばらくして、突如として南方向から敵の重装騎士団が姿を現わした。彼らはステナ村に抑えの兵を置いて、俺たちの移動に合わせて本隊を一気に前進させて来たのである。
自分たちの魔動車の移動がまき起こした砂塵と騒音のせいで、俺たちは背後から敵が猛追していることに全く気付いていなかった。そのため南から敵が突然降って沸いてきたみたいな状況になってしまったのだ。
これが味方に与えた動揺は大きく、結果を先に言うと俺たちはこの戦いに敗れたわけだが、最大の敗因はこの時の動揺のせいだったと言っても過言ではなかった。
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