第49話 一本杉の戦い
戦いはクロスボウの撃ち合いで始まった。この段階では魔動車を壁に出来る俺たちのほうがまだ優勢だったが、膠着すると敵が破城槌を装着した5台の大型魔動車を押し出して来た。
それらの破城槌付き魔動車は一度突撃しただけで引き返したが、その破壊力は絶大でもう少しでワゴンブルグが破られるところだった。
これに慌てたエウメデスの進言で、破城槌対策として戦いの合間にワゴンブルグの魔動車同士を鎖で繋いだ。結果的にこのことが命取りになった。
二度目の破城槌付き魔動車による突撃は鎖で繋いだワゴンブルグによって何とか阻止できたのだが、その魔動車から飛び出して来た兵たちが魔動バズーカを装備していたのである。
ディル家がドワーフの子孫である以上、彼らも魔動バズーカを持っている可能性があるということを、俺はうかつにも失念していたのだ。
至近距離での魔動バズーカによる奇襲によって数台の魔動車が炎上させられた。炎上した魔動車から運転手たちが逃げ出し、俺たちは火の回りを抑えるために、慌てて斧で魔動車同士を繋いでいる鎖を切って回るハメになった。
そんな混乱の最中に、敵の重装騎士団が雄たけびをあげながら突撃してきたのである。
俺は自分の車から何とかそれを防ごうとしたが、射程距離の短い魔動バズーカでは重装騎士は止まらなかった。
騎士の持つランスは魔動車の側壁を難なく貫き、ワゴンブルグの内部に押し入って中にいた人々を散々に蹂躙した。
俺はすぐにクラクションを三回鳴らした。即時撤退の合図だ。
こういった場合には無駄に抵抗せず、一目散に東を目指してデュケの森に逃げ込むようにという決めごとがあった。しかし、それでも追撃によって、かなりの数の仲間がやられた。
皆が東へと逃げる中、俺は一人でその場に残って自分の車で出来る限り騎士たちをけん制した。一人でも多くの仲間を逃がすためだった。
仲間たちの退却を確認すると、俺も戦いを切り上げて急いで森へと向かった。この車は重装騎兵に標的にされて集中的に攻撃されたので、フロントガラスはひび割れて、ボディのいたるところに穴が開いてボロボロだ。エンジンにもダメージを受けたのかスピードにも制限がかかっている。そんな状態のまま、懸命に敵から逃げた。
何とかして森に近づくと、敵の部隊が先回りして森を東へ抜ける街道を封鎖しているのが見えた。背後からも大軍が追って来ている。万事休すだと思った。
あきらめかけたその時、森から馬に乗った一人の戦士が現れて、街道を封鎖していた敵の兵たちを蹴散らした。メガメーデだった。
「今のうちです! 逃げてください」
メガメーデが馬上から叫んだ。
「無事だったのか! メガメーデ」
俺はサイドウインドウを降ろして言った。目線は馬に乗るメガメーデの方がずっと高い。
「テオ村の味方は降伏しましたが、私は一人、馬を奪って逃げてきました」
「無事で良かった。一緒に逃げよう」
「……いえ、そういうわけにもいかないようです」
メガメーデは西の方角に目をやりながら言った。槍を構えた重装騎士の集団が銀色の鎧を、太陽の光に反射させながら近づいて来るのが見えて来たのだ。
「お前は旦那さまを無事に逃がしてくれよ。頼んだぞ」
メガメーデは戦いで傷ついた車のボディに優しく触れながら言うと、今度は俺に微笑んだ。
「旦那様、今までありがとうございました。どこに行っても厄介者扱いだった私を信頼してくれてありがとうございました。旦那さまの戦士であったことを誇りに思います。どうかお元気で」
「何を言ってる。お前も来るんだ!」
俺の言葉を遮るようにサイドウインドウが勝手に閉じていく。そしてメガメーデをその場に残したまま、車は自動的に走り出した。必死にドアを開けようとしたが開かなかった。
「とめてくれよ……頼む。ドアを開けてくれ」
俺は何度もサイドウインドウを叩いた。車からの返事は何もなかった。
サイドミラーには重装騎士団に向かって、馬上のメガメーデが一人で突っ込んで行く様子が映っていた。
◆
車は森を貫く街道をオイフェ村とカイネ村がある東部地区に向かって走った。後で考えると、この時、車は最後の力を振り絞って俺を逃がそうとしていたのだと思う。
沼の近くの分かれ道付近で街道に立ちはだかる者がいた。どうやら猫人のようだ。 その猫人は見たことがある顔と模様をしている。以前、猫人の里に行ったときに見た大人の猫人だった。
警戒してUターンしようとした車を制すると、俺は窓を開けて猫人に声をかけた。
「どうしたんだ?」
「そっちには行かない方がいいぞ。ディル家の連中が封鎖している」
その猫人は葉巻のようなものを吸いながら言った。
「どうして教えてくれるんだ?」
「娘が教えてやれっていうからよう……」
猫人が視線を向けた方を見ると、木の陰に猫人の少女がいた。模様から見て俺が前にジンジャエールをあげた子だった。あれから数ヶ月しか経ってないのにずいぶんと成長していた。
「匿ってやるから、ついて来い」
その猫人の案内で森を北に抜けて川を越えて久々に猫人の里に入った。三軒の木造の家だけの里だ。里の者たちは、誰もが俺を覚えていて歓迎してくれた。俺は親切に甘えてしばらくの間、猫人の里で身をひそめることにした。
匿われている間、猫人たちは俺が生きていることを東部地区にいるテオフィリアたちに伝えに行ってくれた。そしてついでに情報も集めて来てくれた。
ディル家は占領地で移動販売車狩りを始めたようだ。そのため戦いに参加していない者も含めて、北レクリオンの移動販売車のほとんどは東部地区へ逃げて来ているらしい。
そしてディル家の者たちは、魔物の流入も俺たちが起こしたことだと吹聴して回っているとか。もはや反論する者もいないからやりたい放題だろう。
今のところディル家は東部地区には手を付けていないが時間の問題だった。いずれ侵攻を始めるはずだ。
「それまでには帰らないといけないな」
「……そう、ですね」
俺の言葉に車の精は短く答えた。あれから車が言葉を発することがめっきり少なくなった。車は省エネモードだと言っていたが、終わりが近いことは何となく俺も察していた。
「トモノリさん」
「何だ?」
「そろそろお別れのようです。明日の朝までには私は消えるでしょう」
「やはり俺が壊してしまったからか?」
「そうではありません。私は意識を持ってから千年ものあいだ存在してきましたが、それ自体が異常なことなのです。
だから、いつ消失しても不思議ではありませんでした。その時が今ようやく来たというだけのことです」
車はそう言ったが、ダメージが終わりを早めたことは間違いないだろう。
俺は運転席で車と今までの出来事について話した。今晩は一晩中、車と語り明かすつもりだった。
こっちに来たばかりの時のこと。
初めて魔物狩りをした日にゴブリンから逃げたこと。
街道で商売を始めた頃にテオフィリアと出会ったこと。
海に行ったこと。
オーク討伐団に参加したこと。
プラークシテアーの野盗団との戦ったこと。
建国祭のこと。
そしてオートマトンとの戦いの最中に一時的に日本へ帰ったこと。
話は尽きなかった。
◆
小鳥の鳴き声で目が覚めた。空はもう白んでいた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「おい。まだいるか?」
返事はなかった。
運転席の穴がふさがり、ひび割れていたはずのフロントガラスが元通りになっている。車の精が最後の力で車を直したのだろう。
俺は車を降りると世話になった猫人の家に行き、礼を述べてから里を出発した。
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