第52話 魔動投石機

 その後も次々と石は降りそそいだ。このまま放置すれば全滅する。脂汗が額を伝った。

 俺が行くしかなさそうだ。この車一台で何が出来るかは分からないが、判断の遅れが命取りになることは確実だった。たまたま近くに居た五人の若者を呼んで車に乗せると、ワゴンブルグから車を発進させて巨大投石機が見える方向へとハンドルを切った。急な出撃だったので、どうするかは走りながら考える。


「どうしますか?」


 若者のうちのリーダーらしき一人が俺に尋ねた。知らない顔だ。最近、王国に入った者だろう。


「名前は?」


「テラトスです」


 続けて他の若者たちの名前もたずねる。


「この六人であの投石機を無力化するんだ」


 俺の言葉にテラトスは緊張から生唾を飲み込んだ。



 投石機が近づいてきた。それはドワーフ製の魔動投石機だった。遠目で見るよりもずっと巨大に感じた。すぐ近くにはこの投石機をここまで引いて来た大型魔動車の姿もあった。


 俺は敵の本隊との距離を目測で測った。応援が駆けつけるまでに投石機を片付けないといけない。

 重装騎士団はこんなところで使わないだろうから、来るとしたら歩兵だろう。命令が下されてから動き出すまでのブランクもあるので、実際に応援がここに駆けつけるまで五分程度はかかるはずだ。

 魔動投石機のそばには八人の軽装の兵が付いていてこちらを窺っているが、彼らは投石機を運用するための兵だから強くはないだろう。交戦すればすぐ逃げるはずだと思った。

 投石機から少し離れたところに車を停める。


「行くぞ! ついて来い」


 ドアを開けて俺たちは車を離れた。武器は俺は盾と槍を、他の連中は槍やら剣やら鎌やら皆バラバラだった。

 俺たちが近づくと、投石機の周りにいる敵兵たちがひるむのが分かった。そして彼らはすがるように大型魔動車の方へ視線を向けた。

 すると、その大型魔動車の中から十人を超える数の兵士たちが一斉に飛び出してきた。


「しまった……」


 どうやら罠にはまったようだ。俺たちは不意を突かれる形になって包囲されてしまったのだ。


「我々が突破口を開くから車に逃げてください!」


 テラトスはそう叫び、若者たちは健気にも俺を庇うようにしながら武器を振り回すが、へっぴり腰だった。彼らは最近入った者たちなので戦闘に慣れていないのだ。

 それに比べると敵兵はそれなりに訓練されていてまとまりがあった。意図をもって集団で押してくるのだ。俺たちは敵の圧力によって徐々に車から離れた方向へと押されていった。

 そのタイミングで敵の大型魔動車から一人の男が出て来て、俺の車の方へと走った。今のうちに車を奪おうとしているのだ。


「クソ!」


 悪態をつくがどうしようもない。今は車のことより包囲された状態からどう皆を逃がすかのほうが重大事だ。

 この敵兵がおそらく徴用兵らしいのがまだしも救いだった。彼らは命令に従っているだけで、戦闘意欲はそれほどないのだ。


 俺の車を奪いに行った男がドアを開けて車に乗りこんだ。魔動エンジンの鍵はついたままだ。エンジンの音が響いた。

 やられたと思った。

 車の精が存在と引き換えに俺に残してくれた車が奪われてしまう。


「あ、あれは?」


 その時、若者の一人が何か気付いて声を上げた。

 若者が見た方向へ視線を向けると、大きな影が猛烈なスピードで視界を斜めに横切った。

 その影は馬に乗った戦士だった。

 戦士は車のほうへ一直線に向かうと、あっという間に運転席の男を引きずりだし、大剣を一閃して首を刎ねた。見覚えのある剣だった。その戦士は続いてこちらに馬を向けて、俺たちを包囲していた敵兵たちを散々に蹴散らし、続けて投石機の兵も全滅させた。


「メガメーデ。無事だったのか!」


 俺は馬を降りて近づいてきた戦士に声をかけた。


「遅れて申し訳ございません、旦那様」


 逆光の下でメガメーデははにかんだ笑顔を見せた。またしても彼女に窮地を救われたのだ。


「今までどこに?」


 一息ついた俺は尋ねた。気付いたら俺は涙ぐんでいた。


「お話しは後です」


 メガメーデは顎をしゃくった。敵の援兵が向かって来るのが見えた。

 俺はメガメーデに頷くと「車に戻るぞ!」 と若者たちに命じて自分も車に向かって走った。

 メガメーデは投石機の弦を剣で斬り落とした後、馬で俺の車の後を追った。投石機の弦は特別な素材で作られているので、切れば運用は不可能になるのである。

 

 

 メガメーデがワゴンブルグに戻ると皆は喜びに沸きかえった。彼女に窮地を救われた経験がある者は多い。メガメーデは俺以外の大人にはあまり愛想は良くないのだが、慕われているのだ。


「ヘイラ山脈に潜んでいたのです」


 俺の車の運転席で二人になるとメガメーデは言った。用意した好物のヒレカツのホットドッグを次から次へと平らげている。


「食事はどうしてたんだ?」


「村人たちがこっそり夜中に運んでくれました」


「そうか。よく無事でいてくれた。ありがとう」


 俺は心から言った。メガメーデは穏やかな笑顔を浮かべた。出会った頃は笑顔もぎこちなくて少し固くるしい感じもしたものだが、今ではそんな所もすっかりなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る