第51話 電撃戦
翌日から俺は車に籠り、一人で作戦を練った。相談できるメガメーデはもういないし、車の精もいない。しかし絶対に負けるわけにはいかなかった。
使えるコマは全部使うつもりだ。不平不満は全てが終わってから受け止める。勝つしかなかった。負ければゲームオーバーでは済まない。自分だけのことならまだいいが、そうではないのである。
車に籠ってから四日目の早朝、俺はふらふらの足取りで車から降りると全員を呼び集めた。
そして、魔動車から戦闘に関係のない物を降ろして、極力軽くするように命じた。必要な糧食は全て俺の車一台で賄うつもりだ。それから前と同じように、戦闘向きでない者たちは全員こっちに残す。
慌ただしい準備が終わると、集まった皆を前に俺はワゴンブルグの中央に置かれている大型魔動車の屋根の上に登った。号令をかけるためだった。
「俺たちの第一の目標はステナ村だ」
俺がそう宣言しただけで、集まった人々は武器を叩いて雄たけびをあげた。魔動車の上から見下ろした群衆は、異様なまでの熱気に包まれていた。それだけ誰もがこの日を待ち望んでいたのかもしれない。
「街道を通らずにデュケの森を直線的に駆け抜けて、敵の準備が整わないうちに一気にステナ村を奪還する」
ディル家の占領地域の情報は作戦を練っている間に集めてある。その情報を元に俺は一人で作戦を立案したのだ。
「道なき森を走り抜ける電撃戦だ。途中で脱落する者は容赦なく置いて行く。やつらがテオ村を奇襲したやり方を今度は俺たちがやり返すんだ!
俺は今回の作戦で全てを終わらせるつもりだ。
次はない。
ディル家三千年の歴史は俺たちがここで断ち切ってやろう。新しいレクリオンの歴史は俺たちが一から築くんだ!
全てを得るか。それとも全てを失うか。二つに一つの戦いを始まりだ!」
人々のウォーという叫び声は熱狂的と言ってよかった。今度の戦いのキモはこのような人々の怒りと熱気を勢いに転化することだった。
俺の車のクラクションと共に魔動車の列が動き出した。これから戦いに参加する者たちの士気は異常なほどに高かった。
ワゴンブルグが解かれて陣形を楔型に変化させる。これが移動陣形だった。そしてデュケの森を目指して一斉に走り出した。
多数の魔動車が朝靄の森の中を走り抜けていく。歩兵たちは皆、魔動車に乗るか外につかまるかしている。迫ってくる音と振動に鳥たちは驚いて飛び立ち、動物は恐れて逃げて行った。
それほど鬱蒼とはしていない森とはいえ、道のない場所を魔動車で走るわけだから足回りが壊れたり事故を起こす車が少なくなかったが、修理などは一切せずに壊れた車はすべてその場に乗り捨てていった。
数時間で沼の近くに達し、昼前にはデュケの森を抜けた。ここまでたどり着くことが出来た魔動車は出た時の総数の五分の四ほどだった。
敵の本隊の一部が十字路に配備されていることは、東部地区にいた時に情報を得ていて分かっていた。俺たちが森を抜けた位置は、その敵から一キロほど西側だった。
デュケの森から忽然と姿を現した魔動車の大軍に、十字路の敵部隊は完全に不意を突かれた形になった。
俺たちは戦闘準備で混乱する敵に背後から攻めかかって蹴散らすと、すぐに方向転換してステナ村に向かった。
十字路から二時間半ほどでステナ村が遠目に見えて来た。守備兵が慌てて戦闘態勢に入るのが見えた。
事前の情報によると敵は主力をポロエ村に置いている。ポロエ村がブラシアの町からの物資の輸送が一番容易だからだ。そのためステナ村とテオ村には今は守備兵しか置いていなかった。
ポロエ村なら敵襲の報告があってから援軍を送っても間に合うと思っていたのだろう。しかし俺たちの移動が予想よりも速すぎるので援軍が間に合っていないのである。
俺たちはステナ村を包囲すると、破城槌付き魔動車を出して防壁を破壊して村の中に進入し、戦闘開始からわずか30分ほどで村を占領した。
村人たちもディル家の支配より王国の方を求めていたので、彼らも敵の武器を隠したりして中から助力してくれたのだ。そのため味方の被害はゼロで済んだ。
ステナ村を占領した後、村に十分な守備兵を置くと、俺たちはワゴンブルグを張るために北北西に移動を開始した。
その移動中に今度は北西の方角からのろしが上がったのが見えた。これはバルカン率いる別動隊がテオ村を占領したという合図だった。
木材の運搬のためにカイネ村からテオ村に送られる筏に兵を隠して送っていたのだ。
カイネ村はレクリオンでもっとも有名な木材の産地である。カイネ村で伐採された木材は筏に組まれてアウロス川の下流にあるテオ村に運搬される。その木材はテオ村で保存乾燥されたのち、船積みできるように加工されてからブラシアの町などに輸送されるのが常であった。
あっさりと占領出来たのは本隊がステナ村を攻めていたためテオ村の注意が南東に向いていたこともあった。
この二つの作戦の意味は大きかった。これによって敵が来る方向を限定出来るからだ。しかしディル家の主力はあくまで重装騎士団で、それを倒さないことには勝利はないというのは前回と同じである。
◆
俺たちが一本杉と三叉路の中間あたりにワゴンブルグを張ってから三十分ほど経った時、南西方向から二騎の騎馬兵がやって来るのが見えた。偵察だろう。彼らはしばらくこちらの様子をうかがった後、あっさりと引き上げて行った。
それから一時間半ほどすると、同じ方角から大量の砂塵が近づいて来た。これこそが敵の本隊だ。
敵は俺たちから距離を置いて部隊を展開させると、クレーンのような形をした巨大な機械を前進させて来た。その機械には車輪がついていて大型魔動車の牽引で移動し、移動が済むと魔動車との連結が外された。
「あれは何だろう? 見えるか?」
ワゴンブルグの魔動車の城壁の上に登った俺は、近くにいる見張りの若者に尋ねた。
「申し訳ありません。私には見えません」
見張りの若者は申し訳なさそうに言った。いつもなら遠目が効くメガメーデがいるのだが今日はいない。
大型機械のアームが何かを大量に放った。まずい、と思った。
「伏せろ!」
とっさに俺は叫んだ。
大量に飛んできたのは石のつぶてで、石の一つ一つが人間の頭くらいの大きさがあった。あの機械は投石機だったのだ。
石の一つは見張りの若者の頭に命中して、その頭蓋を割った。降ってくる石は次々と人々を襲い、魔動車の屋根を突き破って、車内にいる人たちを殺傷する。人々の悲鳴がワゴンブルグの中に響き渡った。
予想外の事態に俺は難しい判断を強いられた。その投石機はドワーフの技術によるものなのか、本来の物より遥かに射程が長かったのだ。
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