第34話 魔動車レース

 近隣の村に建国を伝えると、東部地区の三村(オイフェ村、カイネ村、カデス村)のうち、オイフェ村とカイネ村の二村が税を払うからぜひ王国の傘下に入りたいと申し出てきた。魔物や野盗から守ってほしいのだろう。

 

 しかし、俺たちはずっと今の場所で居るわけではない。そう言って丁重に断ったが、たまに来てくれればいいからと食い下がられた。

 仕方がないので結局この二村とは提携関係を結ぶことになった。しかし税を取るのは固辞した。税を取れば村民を守ることが義務になるからだ。

 その代わりに、ワゴンブルグにその二つの村の産物を委託販売する移動販売店が出来ることに。これは二村が共同出資する店舗で、売られているものは保存のきく農産物が中心だ。

 本当はカデス村も参加したかったようだが、カデス村はペロエの町の商業ギルドとの関係が深いこともあり慎重になったとか。そういった大人の事情でカデス村だけは参加を見送ることになった。



 それから10日後に建国祭が開催された。期間は3日間である。


「盛況だったな」


 初日の夜にバルカンが俺のところに来て言った。


「うん。この辺りの人たちは、野盗が暴れてたせいで最近までろくに村の外に出れなかったみたいだからな」


「ストレスが溜まってたんだろうな」


 村人たちは、俺たちが冒険者ギルドと一緒に地元で暴れていた野盗団を壊滅させたということをよく知っていた。彼らが建国祭に来て積極的に盛り上げてくれているのはその感謝の意味もあると思う。

 予定ではワゴンブルグ内の北半分の開けたスペースで演劇や音楽のイベントを開催する予定だったが、客が増えすぎて不可能な状態になったので、イベント会場はワゴンブルグの外に急遽きゅうきょ、別に設けた。

 午後からは、どこからともなく訪れた大道芸人たちがワゴンブルグの外で芸を披露していた。呼んだわけではなく自分から来たのだ。


 明日の2日目には、最大の目玉イベントである魔動車レースが行われる予定だ。

 この魔動車レースは、オイフェ村とカイネ村間の街道を封鎖してそこをコースとして開催される。

 レースに使われる魔動車は決まっていて、走るためだけの余計なものが付いていないレース専用の一人乗りの車体で、骨組みに布を張っただけのシンプルな形をしている。初期のフォーミュラーカーのような形というと分かりやすいかもしれない。

 改造された魔動エンジンがそんな軽い車体に積まれているので、道の状態が良ければ最高時速も50キロくらいまでなら出すことが出来る。


「明日のレースは分かってるだろうな? バルカン」


 俺はバルカンに念を押した。俺とバルカンはその魔動車レースに出場するのである。

 しかし主催者側の人間がレースに勝っては具合が悪いので、盛り上げるのはいいが、やりすぎるなよと俺はバルカンに釘を刺しているのだ。

 バルカンは魔動車レース好きで、自分の車でちょくちょく草レースに出場してトロフィーコレクターと呼ばれている。本気で走ると速いのである。


「ははっ。分かってるって! 俺がそんなに空気の読めない男だと思うか?」


 バルカンは笑いながらそう言うと、俺の背中をポンと叩いた。



 翌日の午後。もうすぐ魔動車レースが始まる。スタート地点はオイフェ村の南門の前だ。


 レースのコースはこうだ。

 まずはオイフェ村の周囲を一周してから、ほぼ真っすぐな街道を東へとカイネ村に向かい、今度はカイネ村を一周してから、さっきと同じ街道を西へオイフェ村へと向かう。ゴール地点はスタート地点と同じである。


 スタート地点には大勢の人が集まっていて俺たちを見守っていた。その中にはテオフィリアやアニュモネの姿もあった。

 俺はスターティンググリッドの最後尾にいた。バルカンは真ん中あたり。バルカンは派手な赤い魔動車に乗っているので後ろから見てもすぐ分かる。

 実は俺はバルカンをまったく信用していなかった。何しろバルカンは負けず嫌いなうえ、目立ちたがり屋なのだ。始まってしまうと熱くなって本気で勝ちに行ってしまうんじゃないかと俺は疑っていた。



 王国の紋章が描かれた旗が振られてレースが始まった。多数の魔動車が爆音と共にスタートし、最初の曲がり角(コーナー)に一斉に飛び込んだ。接触で何台かがコースアウトする中を、バルカンの赤い魔動車が他車を縫うように抜いて行った。


 コーナーをいくつか曲がると、バルカンは早くも先頭に立っていた。

俺は最後尾からレースを見守るつもりだったが、そういうわけにも行かなくなった。 バルカンを抑えるためにも前に出なければいけない。


 バルカンに追いつくために、俺はコーナーが来るたびに他車を追い抜いていった。

簡単に他車を抜けるのには理由がある。この世界のドライバーには、アウト・イン・アウトといったライン取りの基礎知識がないのである。どのドライバーもコーナーではべったりとインについて曲がる。俺はその外側を回って抜いていけばいいのだ。

 魔動車はブレーキが甘いのでインコースを回ろうとすると、かなり手前からスピードを落とさないとダメなのだが、アウト・イン・アウトに従えばそれよりはずっと奥でブレーキをかけても間に合うのである。


 そういうわけで俺は、オイフェ村周回コースを終える時には他の車を全部抜いてバルカンに追いついた。

 バルカンは独走していた余裕からか、走りながら見物の女の子たちに手を振っていた。しかし、追いついてきた俺を見て顔色が変わった。


「バルカン! スピードを落とせ! お前が勝っちゃまずいだろ!」


「レースに勝つと女にモテるんだよっ! まして、こんなデカいレースならなおさらだ! いくらトモでもこればかりは譲れねえぞっ! 絶対に勝つ!」


 バルカンはそう叫ぶとフルスロットルで俺の車を突き放した。コースはカイネ村へ向かう長い直線に入ったのだ。バルカンの車はどう見ても他の車より直線が速かった。

 こいつ、始めから勝つ気満々でこのコースに合わせて車を作りこんで来やがったな……。


 ぐいぐい離される。直線では到底追いつきそうになかった。バルカンの赤い車がカイネ村に入ったころには大差を付けられていた。


 直線が終わってカイネ村周回コースに入ると、俺はバルカンに追いつくために心臓が縮む思いでコーナーを攻めに攻めた。

 バルカンが女にモテるなんて許せん……、じゃなくて主催者の俺たちがレースに勝つわけにはいかんのだ。

 そして周回コースの3分の2ほどが過ぎた地点で、ついに俺はバルカンに追いついた。


「くっ!」


 振り返って焦るバルカン。だが、追いつくだけではダメで、直線コースに入るまでには追い抜いて前に出ておかないといけない。直線に入ればまた突き放されるからだ。

 しかし抜けそうで抜けなかった。バルカンの走行ラインが少しずつ変わってきているからだった。奴は俺のライン取りを盗み見て学習しやがったのだ。そこまでしてモテたいのか……。


 手こずっているうちに周回コースは終わり、再び直線に入った。


「アディオス! トモ」


 バルカンは俺に手を振りながら車を加速させた。また直線で突き放すつもりだ。

 そうはさせじと俺は、バルカンの車のすぐ後ろに自分の車を付けた。


 直線が半分を過ぎても、俺の車はバルカンの車の後ろから離れない。

 バルカンはなぜ俺が付いてこれるのか理解できずに、表情を強張らせて何度も後ろを振り返った。

 俺が付いていける理由はスリップストリームである。前の車のすぐ後ろを走ると空気抵抗が抑えられて速くなるのだ。当然これもこの世界のドライバーにはない知識だ。


 そしてついに俺の車はバルカンの車に並んだ。俺は奴の車を追い抜くために少しでも空気抵抗を減らそうと、運転席に体を沈めて頭を極限まで低くする。絶対にモテさせん!

 俺の思いが車に伝わったのか、車はもうひと伸びして鼻先がグイッと前に出た。

 よしっ!

 半車身ほどがバルカンの車より前に出た時、俺は道路の脇でフラッグが振られているのに気付いた。


「あっ……」


 なんてこった……。トップでゴールしてしまった……。

 しかもコースレコードのおまけ付きだった。



 村の広場で行われた表彰式で、バルカンは大ウケだった。


「ガハハハハッ! 俺に勝つなと言っときながら、自分が勝っちまってやがんの!」


 そう言って俺を指さしながらさんざん笑っていたが、しかし一位の表彰台に登った 俺に対する女の子たちの黄色い声援を耳にすると表情が変わった。


「キャー! トモノリ様~っ、ステキ~っ! 逆転勝利カッコいいーっ! しびれるぅ!」


「クッ……」


「やれやれ、目立ちたくないんだがなあ」


「トモこの野郎……。俺を引き立て役にして美味しいとこだけ持っていきやがって……」


「俺、何かやってしまいましたか?」 


「ク~ッ!」

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