第33話 レクリオンの経済

「旦那様が王で私が防衛大臣ですか……」


 メガメーデが首をひねった。店主たちの会合が終わって自分の車に戻った時のことである。


「勝手に決めて悪かったよ。気が進まないならかえてもらうけど」


「いえ、私は別に構わないんですが。旦那様が王というのが気になりますね」


「どうしてだい?」


「何かあった場合には真っ先に責任を取らされる立場ですから」


「村おこしのための架空国家だから、そんなに重く考えなくていいと思うよ」


「旦那様。架空国家というのがどういうものなのかは私には分かりませんが、建国を宣言すれば、当然、世間からは本気とみなされますよ」


「え?」


「つまり他の集団から標的にされる可能性が生まれます」


「集団って野盗なんかのことかい? それなら今までも普通に相手にしてきたじゃないか」


「いえ、野盗なんかよりもっと大きな相手です。例えばアンテドン川より南側を統治しているディル家のような」


 そう言われれば……。

 現代日本では独立宣言しても誰もが冗談だと思ってくれるだろう。俺はその感覚でいた。

 しかし戦国期の日本ならどうだろうか。旗揚げした時点で、他の勢力から攻められるようなことになっても文句は言えないのではあるまいか。

 そして今のこの北レクリオンの状況は、現代日本より戦国期のほうが確実に近い。


「……もしかして、帝国から反乱とみなされたりすることもある?」


「いえ、それはないと思います。帝国はこのレクリオン一帯には関与しませんから」


「それはどうして?」


「推測ですが、帝国から見て辺境に位置するレクリオンを魔界からの緩衝地帯にすることで、本土への魔物の侵入の影響を最小限にしようと考えているのではないかと」


「直接統治してれば、魔物の侵入を抑えきれずに被害が出た時に責任を問われるからかい?」


「そういうことです。それと帝都から遠すぎる地までを直轄統治するとなると、かかる国費も膨大になりますから」


「つまり、今、このレクリオンははっきりした統治者がいない無主の地なのか?」


「はい。アンテドン川より南側のみは昔からディル家が管理していますが」


「ディル家ってのは帝国の家臣なのか?」


「ディル家は地元の豪族ですが、帝国に形だけ従属することで辺境貴族としての地位を得ています。しかし帝国からは特に何の義務も課されておらず完全に放置されています。

辺境で自由を与えられていると言えば聞こえはいいのですが、それはつまり、もしディル家が何らかの困難に陥っても、帝国にはディル家を守る義務がないということでもあります」


「つまり仮にディル家ともめても、帝国は干渉してこないと?」


「はい」


「ディル家の支配下にないアンテドン川より北部は?」


「一応ペロエの町は商業ギルド、ゾラの町は冒険者ギルドの影響下にあります。しかし全体を統べるような存在はありませんね」


 そう言えばオイフェ村も野盗たちから自分たち自身で身を守っていた。冒険者ギルドの力を借りてはいたが、それは村が金で雇ったものだ。もし誰かに統治されているならば、その者によって守られていたはずだ。


「ディル家はなぜ北部を放置してきたんだろう?」


「おそらくですが財力の問題かと。しょせんは地方豪族でしかないディル家には魔物や野盗から北部の住民を守るのは負担が大きすぎるのです。南部にくらべると北部は広大ですからね」


「そうだろうな」


「しかし、最近になって状況が変わってきました」


「どういうことだ?」


 メガメーデは俺にレクリオンの経済についての説明を始めた。

 ゾラの町の冒険者たちによって討伐された魔物は、一旦ペロエの町に運ばれて素材に加工されてからアンテドン川を船で下ってブラシアの町まで運ばれ、そこから大型船に載せ替えられて帝国各地に輸出されている。

 そのブラシアの町においての魔物素材の輸出と海運の権利を握っているのがディル家なのだとか。


「ブラシアから輸出される魔物素材が、ここ数ヶ月、急激に増えているのです」


「つまり魔物の数が増えているということか。それによって財力の問題は解決しつつあると」


「はい。今ならディル家の若く野心家の新当主ゲネウスが、北レクリオン進出の野心を抱いたとしても不思議ではありません」


 最近代変わりしてディル家当主となったゲネウス。欲しい物を手に入れるためなら手段を選ばないという噂の男だ。


「それは、注意しないといけないな」


「はい。……それにしてもバルカンの奴。旦那様にだけ責任を押し付けて……」


 メガメーデは唇を噛んだ。彼女は出会ったときからバルカンとそりが合わない。メガメーデは知勇兼備の頼りになる存在だが人間関係にはやや難があった。合わない人間とはとことん合わないのだ。相手に合わせようともしないので永遠に平行線をたどる。子供が相手なら誰とでも合うようなのだが……。


「バルカンには悪意はないと思うぞ」


「そうでしょうか……」


 納得していない顔だった。

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