第7話 海に向かう
夜、新しい寝具を寝床に敷いた。前の車は狭くて横になれるようなスペースはなくて、運転席で座った姿勢でしか寝れなかった。これでやっと横になって寝れそうである。横になって足を伸ばすと心地よい寝心地のため、すぐに睡魔に襲われた。
うとうとし始めたとき、車のドアがノックされて目が覚めた。スライドドアを開けるとテオフィリアが立っていて、また何か言いたそうに、もじもじしていた。
「どうしたんだい?」
「暑くて寝苦しいの。今晩ここで一緒に寝ていいかな?」
そう言われても荷室には寝るスペースはひとり分しかない。しかし彼女はいちおう遠慮がちにしてはいるが、しっかり枕を持って来ていた。初めから寝る気満々である。断るわけにもいかない状況だ。
「じゃあ俺は運転席で寝るよ。テオフィリアはここで寝てくれ」
俺はそう言うと枕を持って運転席に移った。彼女は「一緒でいいのに」と言ったが、彼女は車内の狭さを知らないのだ。あそこにふたりで寝れば、かなりの密になってしまう。
やっと横になって寝れると思っていたが、また運転席に逆戻りだった。しかし前の車よりは運転席も断然広いので、座った姿勢ならなんとか足を伸ばせそうだ。
「トモくん。もう、寝たの?」
横になってから、しばらくして彼女が尋ねた。
「まだ、起きてる」
「明日からも時々、この車で寝ていい?」
「……いいよ」
「何よう? その間は。嫌なの? 明日はあたしが運転席で寝るからさ」
「別にいいのに」
「あのさ。話が変るけど、提案だけどね。あたしたち、休みの日を合わせない?
今はバラバラに休みとってるじゃない? それでさ。休みの日がヒマでしょうがないのよ」
「いいけど」
「じゃあ、休みは5日おきにしましょ。次の休みは、あさってってことで」
「天気がいいときでも休みにするの?」
今までの彼女は、売り上げが落ちる天気が悪いときを選んで休みを取っていたようだったからだ。
「うん。天気に関係なく5日おき」
「大丈夫なのかい?」
「トモくんと組んでから、1日の売り上げがかなり上がったから大丈夫」
「そう」
「あさって、何しよう?」
「この車で海にでも行くかい?」
「海? その日のうちに着くかな」
「この車は結構速いから大丈夫だと思う」
「いいわね。それを楽しみに明日は仕事がんばる」
◆
海に行く当日はからっと晴れていた。テオフィリアの魔動車は顔見知りの人に見てもらい、俺とテオフィリアはそれぞれ運転席と助手席に乗り込んだ。俺はテオフィリアに自分のシートベルトを装着して見せて、同じようにしてシートベルトを装着するようにと言った。
「え? どうやったらいいの?」
しかし彼女は自分では出来そうもなかったので、結局俺が付けることに。助手席のシートベルトに手を伸ばすと、テオフィリアのやわらかそうな髪からは微かに薔薇の香油の香りが漂った。
サイドブレーキを下ろし、クラッチをつないでアクセルを踏む。車はすぐに50キロに達した。
年式が古い軽自動車だった前の車とは、加速が全然違っていた。実際の最高速度は分からないが、メーターには160キロまで刻まれている。
「何これ、速ーい!」
テオフィリアは驚きの声を上げた。
「これってほんとに魔動車なの? こんなに速い車は今まで見たことないわよ!」
「フフッ」
俺は調子に乗って60キロまで出した。道が悪いのでさすがにこれ以上出すのは無理だ。
石にでも乗り上げたのか、車が一瞬跳ねた。テオフィリアは激しく揺られながらもキャーッと歓喜の声を上げた。しかし冷や汗をかいた俺は徐々にスピードを落とす。
「ああ、面白かった! この車ってこんなに速かったのねっ。今まで乗った中でダントツで一番速くて刺激的だわ」
車速が落ち着くと彼女は興奮に顔を赤く染めながらそう言った。普通の魔動車のスピードは積荷が空の状態でも時速20キロ程度が限界なのである。
昼前には海に着いた。砂浜にチェックの柄の布を敷き、その上でホットドッグと紅茶で昼食を取った。
「こんなに早い時間に着くとは思わなかったわ。今日はたくさん遊べるね、トモくん」
昼食を終えると彼女は言った。
「じゃあ泳ぐか」
俺はその場で服を脱いで水着になった。あらかじめ下に海パンをはいていたのだ。
「何するの?」
彼女は首をかしげた。
「泳がないの?」
俺がきくと彼女は驚いたように目を見開いた。
「まさか、海に入るの?」
「入らないのかい?」
「え? 普通、入らないでしょ」
「じゃあ、海に来たときは何してるんだい?」
「何って……、こうやって海を眺めたり、貝殻を拾ったり、ひなたぼっこしたりするもんじゃないの?」
この世界には、どうやら海水浴の文化はないようだ。
俺はひとりで早春の海に入った。浜は遠浅で水は透き通っていて美しく、思ったより温かい。塩分濃度が高いためなのか浮きやすかった。
素潜りしたり仰向けに浮いて太陽の熱を感じたりしながら楽しんだ。何と言っても綺麗な女性と一緒に海に来ているということが新鮮で、何をしていても楽しく感じる。
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