第16話 再レベルアップと風呂場の増設

「レベルアップ項目を確認するので、グローブボックスにあるマニュアルを開いてください」


 車の精霊の声。指示どおりにマニュアルを開いた。


「最初のページを見てください。まずは結界の広さは2倍になります。内容は変りません」


 今回は広さが2倍になるだけで条件は変らないようだ。しかし2倍になるというのは大きいかも知れない。

 今までは結界に護られるスペースが狭かったので、槍で魔物を攻撃するには窮屈で、どうしても腕の力だけで槍を振るうようなことになっていたのだ。スペースが倍になれば全身を使って槍を振れるので、その分威力も上がるはずだ。


「次は2ページ目を開いてください。ホットドッグの種類を2種類増やすか、別の献立を1つ加えるかを選択してください」


 この辺は前と同じだった。今回は献立を増やすことにした。考えた末、ハンバーガーを選んだ。


「3ページ目を開いてください。新たに飲み物を増やせます」


 前回のレベルアップの時は紅茶を増やした。今回はどうしよう。

 いくつかの候補と悩んだが、インパクト重視でレモンスカッシュにした。この世界にはレモンは存在せず、シトロンしかないので、レモンスカッシュはこの世界の人々にとって未知の味のはずだ。


「最後のページはオプションです。600ポイントが付与されています。オプションを付けますか?」


「もちろん付けるよ」


 前回選んだオプションはそのままこの車にも付いている。また残していた105ポイントは繰り越されていた。だから修理用の100ポイントを引くと605ポイントが使用できる。

 最初に俺は100ポイント使って外部に蛇口を付けた。今までは車の中にしか蛇口がなかったので、外で水を使う時や他の人に水を分ける時に面倒だったのだ。これでかなり便利になるはずだ。


 さらにオプション欄を眺めていると、ひとつ物凄く気になるものがあった。何も描かれていなくて?だけがついている。これに50ポイントとあった。


「これは何?」


「それは50ポイントで引くことが出来るガチャです。何が出るかは分かりません」


「それはオプションで選べる物と同じ物が出るのかい?」


「いいえ。全く違うものです。オプションには車と関係する物しかありませんが、ガチャでは車とあまり関係の無い物が当たります」


 面白そうなのでガチャを試してみると、魔石式給湯器というのが当たった。それを使うと魔力によって、湯を沸かすことが出来るらしい。

 これならもしかして風呂が出来るんじゃないかと考えた俺は、「ポイントを使って望んだものを製造できる機能」を使い、木製の湯船を100ポイント使って製造し、それを200ポイントのオプションの小型キャンピングトレーラーに載せて風呂場にしてみることにした。 


 キャンピングトレーラーを風呂場に改造するのには別に50ポイントが必要だった。さらに100ポイント使って風呂専用に外部蛇口をもう1つ増やした。これで修理用の100ポイントを抜くと、残りは105ポイントである。このポイントは後で何か必要になった場合のことを考えて残しておくことにした。


 全てのオプションを選んだ後、風呂場を確認するために俺はいったん外に出た。

キャンピングトレーラーは車の南側に置かれていた。本体の大部分は木製で、シャーシや車軸やその他の補強が必要な部分だけ金属製だった。

後部にある扉から中に入るとフローリングの脱衣スペースがあり、右側には脱いだ服を入れる棚が置かれてある。


 さらに扉を開いて風呂場に入る。中は思ったより広い。キャンピングトレーラー自体は小型だが、内部は風呂場として使うには十分すぎる広さだ。

 天井には青銅製の換気扇があった。壁の三方の高いところには小さな窓が付いており、光を入れられるようになっている。

 床には黄色いタイルが張られていた。奥側には黄金色に輝く青銅製のボイラーが据えられていて、そこからパイプが分かれて風呂桶と洗い場の蛇口に伸びている。

木製の風呂桶は家庭用のユニットバスくらいのサイズで、向かって左側の壁に縦に据えられていた。


 とりあえず湯を入れてみることにする。まず、トレーラの前方下部にあるジョイントに、ホットドッグ車の外部蛇口から引いてきたホースを繋ぐ。そして魔石を入れて給湯器を起動させて、良さそうな熱さになるまで温度を調節しながら風呂桶に湯を出した。だいたい15分ほどで湯が溜まった。


 脱衣場で自分のチェニックを脱ぐ。前にぺロエの町で買い足した物だ。少し薄汚れてきた。しかし、湯が使えるようになったので、これからは洗濯も楽に出来そうだなと思った。


 洗い場で石鹸水を使って頭と体を洗った。この石鹸水もぺロエの町で購入したものだ。サボン草から作られていて非常に高価だった。香りも薄く、洗浄力はそれほどでもないが肌には優しそうだ。

 最後に手桶で石鹸を洗い落とすと、風呂桶に身体を沈めた。風呂桶に使われている木材はヒノキなんかではないのでそれほどいい匂いはしないが、磨かれた光沢があって木目が美しかった。

 風呂に入るのは前の世界にいた時以来だ。久しぶりの感覚だった。気持ち良すぎる。足を伸ばして存分にリラックスした。


 風呂から上がると俺はテオフィリアとメガメーデを呼んだ。出来立ての風呂を見せるためだ。カサンドラはまだ仕事中だった。2人には使い方を教えるから、自由に使ってくれていいと伝えた。

2人は風呂に驚く前に、温泉でもないのに蛇口から湯が出てくることに驚いていた。


「まるで貴族にでもなったようだったわ」


 風呂上がりのテオフィリアはのぼせて顔を上気させながら、そんな感想を述べた。この世界にも風呂は存在するが、王侯貴族や裕福な商人たちだけのものだったからだ。


「メガメーデも入ればいい」


「い、いや。私は……。旦那様には野垂れ死に寸前だった私を拾ってもらって、腹いっぱいに飯を食わせてもらい給金までもらっているのに、その上、風呂まで馳走してもらうわけにはいきません」


「メガメーデ。変な遠慮はしないでほしい。俺たちは食べ物を扱ってるわけだし、君はよそ様の大切な子供も預かってるだろ? 清潔にするのも仕事の一部だと思ってくれ」


 そう言うと、メガメーデも遠慮がちながら納得したようだった。



 レモンスカッシュとハンバーガーは評判を呼び、わざわざペロエやゾラから遠出して来るような客もいる。そのため昼間の時間は店の前に人だかりが出来るようになった。

 その影響で十字路の客層にも変化が現れてきた。これまでは仕事中か仕事帰りの大人の客がほとんどだったのだが、徐々に若者が主流になってきたのだ。


 人の流れの増加によって、以前に十字路から撤退した移動販売車も戻って来た。30代の夫婦による革製品店と、20代のハンサムな男性店主が経営しているアクセサリーショップの二軒がそれだ。

 それとは別に、仕事中に子供を預けられるようになったことを聞いて、他の場所からここに移って来た人もいる。4歳の男の子がいる20代の女性のケーキ店だ。その店では何種類かのケーキを出している。

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