4章 西部地区、魔界編

第37話 テオ村の奪還

 北レクリオンの北西に位置するアウラ山の中腹に、二人の初老の男の姿があった。テオ村の村長プラシオスとその腹心の部下だった。二人は山賊団に占拠されたテオ村を見下ろしていた。


 村が襲われた時、賊の数を見たプラシオスがすぐに抵抗をあきらめて村人全員で裏山へ逃げることを命じたたために人的被害はなかった。それは村長プラシオスの功績と言えるだろう。


 しかし、それも今のところはの話だ。山賊団はすでにアウラ山を包囲するように手下を配置済みである。襲撃から一夜明けた今日、本格的に山狩りをして逃げた村人たちを狩りにかかるはずだ。


「ゾラの町からの冒険団はいつ来る?」


 プラシオスが傍らの部下に尋ねた。


「依頼を出したのが昨夜遅くなので、早くても今日の夜になるかと」


 襲撃があった時に、この者に命じて信頼のできる若者をゾラの町へ走らせ、ギルドに村の救援依頼を出させていたのだ。


「とうてい間に合わんな」


「いっそ一か八か山を降りますか」


「女や老人を連れてか?」


 無理があった。このまま山に立て籠もるしかないかと思った。しかし、それも分が悪い。相手は山に慣れた山賊だからだ。


「村長、あれは?」


 プラシオスは部下が指さした方に目を向けた。見張り台の山賊たちが何かに気付いて騒いでいる。彼らが見つめるさらにその先の荒野には大量の土埃が舞っていた。


「何だあれは?」


「竜巻か何かでしょうか?」


「分からんが、村の方へ近づいて来ている」



 近づくにつれて徐々に姿が見えて来た。それは魔動車の群れだった。変った形の魔動車を先頭に、釣り鐘型に陣形を組んでいる。


「いったい何台いるのだ?」


 武装した山賊たちが次々と村の外に走り出てきた。三十名ほどの山賊団だ。

 山賊たちが視界に入ったのか、魔動車の群れは釣鐘形から翼を広げるような形に陣形を変化させた。包囲しようとしているのだ。


「やけに統率されている」


 向かってくる魔動車の迫力を見ただけでかなわない事を悟ったのか、山賊たちは再び村の防壁の内にあわてて逃げ込み始めた。門を閉じて村に立て籠もろうというのである。


 すると魔動車の群れの中から1台の大型魔動車が突出してきた。その車は車体前部に破城槌のような大型の衝角を取り付けている。

 大型魔動車は逃げ遅れた山賊たちを蹴散らしながら前進し、村の防壁に激突してそれを突き破った。そしてそのまま防壁をバリバリと破壊しながら村の中に突っ込んだ。


 大型魔動車が停止すると、車から武装した連中がとび出してきて散々に暴れまわる。

 中でも女戦士の鬼神のような働きぶりは目についた。まるで容赦がなかった。女戦士が動くところに血煙が舞った。

 野盗の誰一人としてその女戦士を止められる者はいない。ついには鬚ズラの団長が立ちはだかるが、それも一瞬で冷たい屍に変わった。


 戦闘は一刻もしないうちに終了した。団長がやられると、手下の山賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出したからだ。


「山賊団があっという間に潰滅したぞ。何だったんだ、あれは……。お前は一体、何を呼んだのだ?」


「いえ、普通にゾラの町の冒険ギルドに使いを送ったはずですが……」


「ギルドってあんなに強かったか?」


 プラシオスは首をひねった。



 8時間前。


 早朝、俺たちは一か月滞在したオイフェ村とカイネ村の中間地点から出発した。次に向かう営業場所は北レクリオンの西部地区、テオ、ステナ、ポロエの三村のちょうど中間地点にある三叉路付近にする予定だった。アニュモネから、その三叉路が移動販売の有名なスポットの一つだと聞いていたからである。


 途中、カデス村の前を西に折れたあたりで車を停めて休憩していた時のことだった。後ろの車両からバルカンが、俺のところに走って来て言った。


「トモ。たった今、ゾラの町の冒険者ギルドからの使者が俺を訪ねて来てな。昨晩、テオ村が山賊団に襲われたらしいんだ。それで今、占拠されてるらしいぞ」


「そいつは困ったな。けど村人は無事なのか?」


 テオ村は俺たちがこれから向かう予定だった村の一つだ。


「村人たちは裏山に逃げて全員無事らしいが、今にも山狩りが始まりそうなんで、冒険団が来るまでの間、ここのギルド組だけでそれを防いで来いっちゅう命令だ。無茶言いやがる。

だからよ。今からギルド組は先行してテオ村に向かう。お前たちは俺たちが戻って来るまでどっかで待っててくれ。まあ、丸一日は掛かると思うがな」


 バルカンはそれだけ言うとギルドの車に戻ろうとした。


「待て、バルカン」


「何だ? トモ」


「山賊団の数は?」


「30人前後っちゅう話だ」


「それだけいるならここのギルドの戦力だけじゃあ手に余るだろ。俺も行くよ」


「お前は関係ねぇだろ」


「関係ならある。テオ村がその状況じゃあ営業できないしな。

それに忘れたか? 俺は今でもギルド所属の冒険者だ。テオ村救援の仕事を手伝っても何の問題もないだろう」


「……ふっ。勝手にしやがれ」


 バルカンはニヤリと笑ってからそう言った。



 俺は皆を集めてテオ村の状況を伝え、バルカンたちと共に村の奪還に行くことを伝えた。すると、アニュモネを始め他の店主たちが自分たちも一緒に行くと言い始めた。


「いや、あんたらは別に来なくていいんだ。俺はまだギルド所属の冒険者だから行くだけだから」


「だって商売の邪魔してるんでしょ。だったらあたしらの敵じゃん」


 アニュモネがそう言うと、他の連中も同意する。

 結局ほぼ全員で行くことになってしまった。


 話が終わるとバルカンに、使者から聞いたテオ村の状況を土の上に地図を書いて皆に説明してもらった。


「これを見て何か考えはあるか? トモ」


 バルカンが俺に尋ねた。


「うん。今回は破城槌を使おうと思う」


「ああ、あれか」


 破城槌はプラークシテアーの野盗団がアジトに隠し持っていたものである。それを魔動車のフロント部分に装着できるように改造してあった。


「面白れぇ」


 バルカンが言った。



 テオ村の奪還が完了すると、俺たちは車を外に置いて村に入った。村は予想以上に荒らされていた。略奪によって家は壊され、食料や財産も根こそぎ持ち去られていたのだ。


 しばらくすると裏山に逃げていた村人たちも徐々に村に戻ってきた。戻って来た村人たちは村に帰れたことをはじめは喜んでいたが、すぐに村の惨状に気付いて悲嘆に暮れた。


「トモ。テオ村の村長のプラシオスっちゅう人が礼をしたいって。

最初は俺んとこに来たんだがな。礼ならトモにしてくれって言ったんだ。実際、今回ギルドは何もしてねぇからな」


 バルカンがこう言った訳は、ギルドの仕事だという事にすれば村は決して安くはない依頼料をギルドに支払う必要が発生するからだ。村の惨状を見たバルカンはそれには忍びないと考えて、これはギルドの仕事ではなく俺たちが通りがかりに助けたという形で処理することにしたのである。彼がギルド長の甥だからこそ出来ることではあるが。


 バルカンが連れてきた村長のプラシオスは白髪頭の初老の男だった。心労のせいか少しやつれて見えた。

 プラシオスは丁重に礼を述べた後、言いにくそうにしながら俺にこう言った。


「本来ならお礼に丁重におもてなしをすべきなのですが、何分この有様で。村には何も残っておりませんでな。申し訳ない」


「気にしないでください。それより村の人たちは当座の食料にも困ってるんじゃないですか?よろしければ我々が援助しますが」


「そうしてもらえるとありがたいですが……。しかし、そこまで世話になるのも気が引けるのですが」


「構いませんよ。困った時はお互い様だ」


 俺たちは山から降りて来たばかりで腹を空かせている村人たちのために炊き出しをすることになった。この村の人口は400人ほどである。久しぶりに車はフル回転でホットドッグを生産した。


 この日からしばらくの間、俺たちは三叉路での商売の合間に、手分けして村の復興を手伝うことになった。

 それと並行してワゴンブルグ内のギルドは所属の冒険者たちを四方に派遣し、毎日のようにテオ村を襲った山賊団の残党を追って捕らえている。そのため略奪された物資も徐々に村に戻りつつあった。

 三叉路での商売もすぐに軌道に乗った。毎日フードコートに入りきらないくらいに客があふれている。


 移動販売の仲間にはオイフェ村とカイネ村が共同で出している店もあるのだが、彼ら東の二村の住民と、テオ村、ステナ村、ポロエ村の西の三村の住民が顔を合わせたのも大きなことだった。

 なぜなら北レクリオンを魔物や野盗が跋扈するようになって以来、長い間、デュケの森を挟んで東西の住民は交流が遮断されていたからだ。それが俺たちが仲立ちするような形で交流が一気に進んだのである。


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