第26話 リュンケウス

「何をしてやがる! もう一度、女を捕らえろ」


 頭目らしき男が叫んだ。40代くらいの鬚ズラの男だ。男のげきに応えた一人の手下が運転者の若い女を追いかけてすぐに確保し、頭目のところまで引っ張って来る。


「てめえら全員、こっちを見ろ!」


 頭目のどなり声によって、混乱していた盗賊たちは逃げ惑うのをやめて我に返った。


「コイツを助けたければ剣を捨てやがれ!」


 捕らえた女のほうを指さしながら、頭目が俺とメガメーデに言う。

 

「そこの女。言っておくが、私たちがお前のために剣を捨てることはない。助かりたかったら自分で抗え。とっかかりさえ作れば後は何とかしてやる」

 

 メガメーデが発したその言葉に応えた運転者の女が、自分を捕らえている野盗の腕に噛みついた。


「ぐあっ」


 野盗の男は女をつかむ手を放して悲鳴をあげる。


 メガメーデはその隙を見逃さなかった。一瞬で間を詰めると大剣で男の喉を一突きする。突かれた男は、5メートル以上は吹っ飛んでから地面に落ちて跳ねた。当然絶命している。即死だっただろう。

 皆が視線をメガメーデのほうに戻した時には、すでに彼女は女を抱えて元々いた位置に悠々と戻っていた。


メガメーデのあまりの迫力と手際の良さに賊たちは完全に言葉を失っていた。


「よくやった、メガメーデ」


 俺はメガメーデを心から称えた。

 頭目がほぼ無意味と分かっていても女を人質にしようとしたのは、一旦膠着こうちゃくさせて手下たちを落ち着かせるためだったのだろう。そこまではなかなかうまい手だった。

 しかし、せっかく落ち着かせた手下たちも、今は完全にメガメーデに呑まれてしまった。頭目の額に汗が伝った。


「てめえらよう。やりたい放題しやがって。いったい俺を誰だと思ってやがるんだ」


 数秒にらみあった後に、頭目がおもむろに口を開いた。


「知らん」


 ぶっきらぼうに俺が答えた。こいつは失った流れを何とか取り戻そうとしているのだ。


「俺はリュンケウス。人呼んで人食い獅子のリュンケウスとは俺のことよ」


 リュンケウスは必要以上にデカい声で言った。俺たちに聞かせるためというより、手下たちに向かって言っているのだ。自分たちが誰の手下なのかを思い出させるために。


「俺が一声かければよう。この辺りのならず者どもが50人は集まるんだ。

へへっ。降参するなら今のうちだぜ。今なら……」


「そいつは奇遇だな。俺も似たようなもんだ。俺なんか右手を挙げただけで、荒くれものたちが乗った魔動車が100台は集まるんだからな」


「ちっ! 吹きやがって。呼べるもんなら呼んでみやがれ」


 キメ台詞を俺にさえぎられたリュンケウスが、苛立ちを隠さない声で言った。


「本当に呼ぶぞ」


「呼んでみろよ」


「いいのか?」


「さっきからいいって言ってるんだよ! 呼べよ」


「後悔するんじゃないぞ」


「だから早くしろっての!」


「じゃあ死ね」


 俺はゆっくりと右腕を上げた。


 そのまま何事もなく数秒が過ぎた。


「わっははははは! やっぱり何も起こらねぇじゃねぇか。バッカじゃねぇの!」


 頭目は、手下たちのほうを向いて両手を広げて高笑いした。


 しかしその笑いは一秒後に硬直する。南から大量の土埃つちぼこりがこちらに近づいて来るのが見えたからだ。

 やがて軽い地震のような振動があたりに響いてきた。森の木々から鳥たちが一斉に飛び立った。


「な、何だ? 何が起こっているんだ?」


 手下たちは再び落ち着きを失う。

 その時、魔動車の車列が轟音と共にこちらに近づいて来るのが、木々の隙間から見えてきた。


「はわわ……。奴の言うことは本当だったんだ!」


 迫りくる魔動車の迫力に怯えた手下たちが一人、また一人と逃げ始める。そして決壊したかのように全員が走り出した。


「てめえら、コラ! 待ちやがれ! ちくしょうめ!」


 頭目は舌打ちをすると逃げる手下たちの後を追っていった。



「旦那様、お見事でした」


 野盗たちが逃げ散った後でメガメーデが言った。


「上手くいって良かった」


「後続が来るタイミングを、旦那さまは分かっておられたのですか?」


「それはたまたまだけどな」


 そうは言ったが、魔動車の平均速度から考えるとそろそろ来る頃だとは思っていた。時間は常に腕時計で確認していたのだ。


「あのぅ……。助けていただいて、ありがとうございます」


 二階建て魔動車の運転手が俺たちに礼を言った。20代後半くらいだろうか。薄茶色の髪の優しそうな印象の女性だ。


「無事でよかった。落とし穴に落ちた魔動車はこれから引き上げるからちょっと待っててください」


 俺は自分の車で片輪が落とし罠にはまっている二階建て魔動車を牽引すると、エンジンをかけて、これを引っぱり上げた。

 この作業の間に、後続たちが次々とこの場所に到着してきた。


「何かあったの?」


 テオフィリアが車から降りて尋ねた。俺はここであった出来事をテオフィリアに伝える。


「この魔動車は?」


「彼女のだよ」


 俺が二階建て魔動車の女性を指して伝えると、彼女はそれに気づいてこちらに寄ってきた。


「私、エウロペと申します。今日はいろいろとありがとうございました」


「これからどこに向かうつもりだったんだい?」


 俺はエウロペに尋ねた。


「はい。私は北で宿屋を営業してたんですが、治安の悪化で北で営業する車の数が減ってきたので、最近噂になっている十字路のほうへ引っ越そうと思い向かっていた途中なんです」


「北のどこにいたの?」


「カイネ村とオイフェ村の中間地点です」


 俺はテオフィリアと顔を見合わせた。


「俺たちは十字路からやって来て、そのカイネ村とオイフェ村の中間地点に向かってる最中なんだけど」


「ええ? じゃあ今から十字路に向かっても……」


「うん。誰もいない」


「そんな……」


 彼女は頭を抱えて嘆いた。それはそうだ。宿屋は単独で営業しても上手くいかないのだ。最低限、飲んだり食べたりする店が近くに必要なのである。


「あ、あの……。もし良かったら私も皆さんとご一緒していいでしょうか?」


「いいよ。十字路に行っても誰もいないんじゃ元の場所に戻るしかないからね」


「ありがとうございます」


 エウロペは礼儀正しくお辞儀をした。


「旦那様、こいつらをどうしますか?」


 メガメーデが捕らえた捕虜を二人連れて来た。最初に俺が跳ね飛ばした二人だ。その時に足を痛めたために仲間に置いて行かれたのだ。


「そうだな、どっかの村にでも引き渡すか」


 俺たちは警察でも軍隊でもない。盗賊を勝手にどうこうするわけにもいかない。


 捕虜の尋問を済ませた後、俺とテオフィリアは、エウロペに宿屋として使っている二階建て魔動車の中を見せてもらった。野盗にこじ開けられたために扉の閂が壊れていた。内部はダブルサイズのベッドが置かれた客室が3部屋だった。   

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