3章 東部地区編
第25話 野盗に襲われている人を助けに行く
十字路に来てからひと月が過ぎた。
「そろそろ新しい場所に移動しようか」
夕食の時に俺は、テオフィリアに言った。
「どこに行くの?」
「どこがいいと思う?」
「そうねぇ。アミュモネが前に東部地区のオイフェ村とカイネ村の間の街道がいいって言ってたわ」
「どの辺?」
「デュケの森の北東よ。
あっちのほうからだと町から遠いし、魔物が出るデュケの森を抜けて行かないといけないから、めったに町まで出れないらしいのよ」
「孤立してるってことかい?」
「そう。そんな状況だから移動販売車が来ればお客さんが集まるんだって」
「行ってみようか?」
「いいわよ」
「せっかく仲良くなったアミュモネと別れることになるかも知れないけど」
「あは。そんなことに気を使わなくていいわよ、でも多分、彼女も一緒に行くって言うと思うけど」
「そうなの? それならいいけどな。メガメーデはどう思う?」
「私は旦那様が行くところならどこでも」
その晩のうちに移動のことをカサンドラにも伝えると、彼女も一緒に行くという話だった。営業時間が違うので夕食の席には居なかったが、コロイボスのカジノは俺の店なので当然一緒に行くことになる。
翌日、俺は朝の店主たちの集まりで移動を伝えた。そうするとテオフィリアの予想通り、アミュモネは真っ先に俺たちと一緒に行くと宣言した。
「あのお風呂を味わっちゃうとね。それに、コイン落としもしたいし」
「あら? 私と一緒に居たいわけじゃないのね」
テオフィリアはわざと拗ねたような口調でアミュモネに言った。
「もちろん、テオフィリアとも一緒に居たいわ」
「まるでついでみたいね。悲しいわ、アミュモネ。私との友情がコイン落とし以下だなんて」
テオフィリアの言葉に店主たちは爆笑する。アミュモネがコイン落としにはまっていることは、誰でも知っていることだからだ。
結局、十字路にいる全ての移動販売車が俺たちと一緒に行くことになった。彼らにとって俺と一緒にいることで、水をふんだんに使えることと風呂の2つのメリットが大きいのだろう。
十字路に次の移動場所を書いた立て札を残すと、俺たちは店を畳んで移動に取り掛かった。思い立ったらすぐに行動できることが移動販売の良さである。
俺の車を先頭に、轟音を響かせながら15台の移動販売車が一列になって街道を走る様は壮観だった。メガメーデは俺の車の助手席だ。車の揺れに馴れてないのか、移動中はアシストグリップに両手でつかまったまま青くなっていた。
昼前にはカデス村の前を通過してデュケの森に入った。ここから先は、事前の打ち合わせ通りに俺の車は1台だけで先行する。先に着いて明るいうちに場所を確認しておきたいからだ。他の魔動車と速度をあわせていたら、着く頃には日が暮れてしまう。
デュケの森を貫く街道を北に向かって走る。このころにはメガメーデは車に馴れてきたのかもうすっかり落ち着いていた。
森の樹木は2メートル程度の低木と4、5メートルの中木が混在してる感じだ。デュケの森は森と言っても林に近くて、それほど鬱蒼としているわけでもないのでわりと見通しが良かった。
「旦那様。速度を落としてください。この先に何かあります」
メガメーデが言った。彼女の視力は現代日本から来た俺より遥かに優れている。
「魔物かい?」
「魔物ではないです。倒木か何かだと思います」
2分ほど走ったところに、ほんとうに倒木が道をふさいでいた。俺とメガメーデは車から降りる。
「明らかに斧で切り倒された跡がありますね。旦那様」
「切り倒してから、ここに運んできたって感じだな」
二人で倒木をひきずって道ばたにどけた。倒木はかなり大きくて重く、メガメーデがいないと動かすのも無理だっただろう。
「何かの罠かな? メガメーデ」
濡らした布で手を拭きながら俺は尋ねた。
「罠と言うより、南からの車の通行を阻むためではないでしょうか」
「……そうかも知れないな。歩いてなら乗り越えられるだろうだけど、魔物がいるこの森を歩いて移動するのは危険だから普通はしない。魔動車だけ阻めば封鎖したのと同じだからな」
「私の経験上、おそらくこの先には北から南へ向かう人たちを狙う野盗がひそんでいると思います」
「わかった……」
戦闘においてのメガメーデの予測はだいたい当たる。
どうしよう。
俺は迷った。野盗が狙っているのは北から来る魔動車なので、この車だけなら不意を突いてスピードで突破することは可能だろう。しかし、あとから来る仲間たちの魔動車はそういうわけにもいかない。
「私が先行して蹴散らして来ましょうか?」
賊の数が分からないし、それもちょっと危ないような気がした。
「いや、このまま車で行って遠目から様子をうかがってみよう。それからどうするか決めよう」
メガメーデの視力なら、相手より先に発見できるはずだからだ。
車をゆっくりと走らせる。俺はいつになく緊張していた。過去に人間を相手に戦ったことが一度もなかったからだ。前の世界でも殴り合いの喧嘩すら一度もしたことがない。それはこの世界に来てからも同じだった。
5分くらい車で進んだところで、助手席のメガメーデが異変に気付いた。
「前方で魔動車が男たちに包囲されています」
「野盗かい?」
「おそらくそうです。一度車を停めてください。降りて様子を見てきます」
道の脇に車を停車させると、メガメーデは助手席の扉を開けて一人で偵察に向かった。
しばらくしてメガメーデは戻ってきた。顔に少し泥が付いている。
「襲われていたのは二階建ての大型魔動車です。落とし罠を仕掛けられていたようで、片輪がはまって走行出来ない状態になっていました。野盗どもは車を包囲して運転者に出てくるように脅しているところでした」
「扉をこじ開けて、無理やり引きずりだそうとかしないのかな?」
「魔動車は高く売れるので、出来れば傷つけずに確保したいのでしょう。しかし、どうやっても運転者が出てこなければ、そうするかもしれません」
「野盗の数はどのくらい?」
「確認できたのは11人です」
「そうか」
俺たちには冒険者と違って、あえて野盗と戦わなければいけないような義務はない。しかし他の移動販売車が襲われてるというのなら話は別だった。移動販売の世界では、同業者は助け合わなければいけないという掟のようなものが存在するからだ。
「仕方がない。助けに行くか」
「分かりました。降りて行きますか?」
「いや、車で奇襲をしよう」
再び俺たちは車に乗り、メガメーデがシートベルトをしたことを確認してから車を発進させた。
出て数分で野盗の背中が見えた。すでに大型魔動車の運転者は引きずり出されていた。若い女のようだ。賊に羽交い絞めにされている。
俺はアクセルを踏み込んで車を加速させた。石が車体の底に跳ねる音がした。賊たちの背中が近づいてくる。彼らは異変に気付いて振り返ってこちらのほうを向いた。驚愕の表情だ。俺は暴れるハンドルを上体で抑え込みながら野盗の集団の中に、車をそのまま突っ込ませる。二人跳ね飛ばした。
車を停車させると同時にドアを開き、メガメーデと二人で混乱している野盗の群れに向かって切り込んだ。
メガメーデが先行して大剣でもって混乱する野盗を追い散らし、俺は槍を手に後に続く。出来ればこのまま逃げ散ってくれればいいと思っていた。
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