第19話 待ち伏せ

「てめぇが俺の下についてたら、こき使ってやろうかと思ってたがよ。運のいい野郎だぜ」


 作戦準備で現場がごった返してるときに、バルカンが俺の元に来て言った。やはりバルカンは、俺たちがこれに参加することを嗅ぎつけたことで自分も参加を決めたようだった。


 その時、若い男の冒険者がこっちに駆けよって来た。頬が赤くて、まだ幼さが残っている顔だ。


「兄貴、俺も突入組に参加させてくれよぅ」


 若い男はバルカンの弟のようだ。ずいぶんと歳が離れた兄弟だ。弟はおそらく10代だろう。


「ポロス。お前はまだダメだ」


「俺はもうC級だぜ」


「おとといなったばかりだろ。お前はまだ未熟だ」


 バルカンは弟の腕を掴んで、後方支援組の隊長に指名されたD級の男の元へと引っ張って行った。

 おそらく隊長に、残していく弟のことを頼む気だろう。バルカンは見かけによらず、弟にはずいぶんと過保護な奴のようだ。



 集合場所からは10分ほどで現場に着いた。オークの巣である洞窟の入り口は藪に覆われていて分かりにくかった。

 俺が巣穴の近くに自分の車を停めると、遅れて来た他の2台の魔動車もそれにならって並べて停めた。


 しばらくしてランパスの号令とともに突入組が巣穴に突入した。

 彼らがいなくなると、残された冒険者たちの間には、どことなく弛緩した空気が漂った。それは俺も同じだったかもしれない。


「痛っ!」


「どうしたの?」


 俺の悲鳴にテオフィリアが反応する。


「何かに噛まれた」


「ど、どこ?」


 テオフィリアのあわて気味の問いに、俺は右の太ももの内側を示した。この国では気温が高い季節はチェニックの下にはズボンのようなものをはかないのが一般的なので、俺もそれにならっている。その生足のままの太ももを、何かに噛まれたのだ。

 テオフィリアは傷を確認するために、その場にしゃがみ込んだ。


「たぶん蜘蛛ね」


 テオフィリアはそう言うと、まるで躊躇せずに俺の内ももに口を付けて吸った。そして毒を吸い出してからぺっと吐き出す。その行為を繰り返した。


「これで大丈夫だと思うわ」


 何度か繰り返した後で、テオフィリアは笑顔でそう言った。


「ありがとうテオフィリア。助かったよ」


 俺は緊張を解き、心から礼を言った。吸われている時、俺は他の連中の目が気になったが、テオフィリアはそんなことには一切構わずにやってくれたのだ。

 後に聞いた話だが。この毒蜘蛛はアルプネアいう名前で、やわらかい内ももを刺されることが多いのだとか。



 突入組が巣穴に入ってから15分ほどが過ぎた。うちもらしたオークが巣穴から逃げてくるとしたらそろそろなので、隊長は巣穴に注意するように皆に命じた。

 しかし俺はついさっき蜘蛛に噛まれたこともあってか、集中しずらかった。巣穴から出て来るかどうか分からないオークよりも、蛇や蜘蛛を警戒して背後の森と藪のほうばかりに目を向けていたのだ。

 だから気付いた。背後の森に潜むオークの群れに。


 一瞬、声をあげて味方に知らせるべきかどうか迷った。しかし声をあげれば、それをきっかけに一斉に襲ってくるかもしれない。


「隊長、背後の森にオークが潜んでる」


 俺は後方支援組の隊長にそっと耳打ちした。


「え?」


 隊長は驚いて目を見張った。


「大きな声は出すな」


「ど、どうすれば……」


「皆に俺の車の方へ逃げるように命じてくれ。俺の車は周囲に結界を張れるから安全だ」


「どういうことだ?」


 隊長は意味が分からずにきき返した。


「とにかく俺の車のそばに行けばいい。そうすれば俺たちが守ってやる。さっきは言わなかったが、俺たちは今までに何度もオークと戦って撃退している。慣れてるんだ」


「わ、分かった」


 隊長は俺が言ったことを皆に伝えると合図を送った。冒険者たちは俺の車の方へと一目散に逃げた。

 それに気づいたオークたちが、姿を現して逃げる冒険者たちを追う。オークは凄い加速だった。追いつかれると思った。

 何とかギリギリのタイミングで、最後の一人を結界の中に収容した。そう思った。


「まだ、一人残ってる!」


 誰かが声をあげた。逃げ遅れた1人が、オークに囲まれた俺の車を見て立往生しているのが見えた。若い女の冒険者。知らない顔だ。


「近くの魔動車に入って扉を閉めろ! 早く!」


 俺は女に叫んだ。その冒険者は慌てて1台の魔動車に飛び込んでドアを閉めた。閉める時、大きな音が鳴った。オークの注意はその魔動車の方へと向けられた。すぐに魔動車にオークが押し寄せる。そのオークの数は全部で8頭だった。

 オークたちはその魔動車を押して揺すったり、石斧や棍棒で攻撃し始めた。


「大丈夫なのか? あれ」


 隊長が小さな声で俺に尋ねてくる。


「魔動車は意外と頑丈に出来てるから、あの状況でもしばらくは持つはず。その間に突入組が戻って来ればいいが……」


 俺がそう答えた時、誰かがあげる声が聞こえた。


「隊長! ポロスが、あの魔動車を助けに行くって言ってる!」


 ポロスとはバルカンの年の離れた弟の名前だ。隊長は舌打ちし、ポロスに向けて怒鳴った。


「やめろポロス! ランパスさんに、D級以下は後方待機、オークと出会ったら足止めするだけにしろと言われているはずだぞ!」


「お、俺はC級なんだ!」


 ポロスはそう言い残すと、無謀にも女が逃げ込んだ魔動車を囲んでいるオークのうちの1頭に向かってひとりで突っ込んでいった。


「や、やべぇ。あいつに何かあったらバルカンに殺されちまう!」


 隊長は頭を抱えて悲鳴のような声をあげた。

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