第23話 風呂場での出来事

 夏の夜にテオフィリアと一緒に満天の星空の下で食べる飯は最高だ。しかし毎日ホットドッグやハンバーガーだとさすがに飽きてくるので、資金に余裕が出来た最近は他の店で注文することも多い。今晩の夕飯はマグロのステーキだった。飯が終われば、その後の時間はテオフィリアと車の中でだらだらと酒を飲んで過ごすのが日課だった。


 この日の夜、テオフィリアが寝てしまった後、俺はいつもより遅い風呂に入った。 風呂は十字路に店を出している人やその関係者たちにも貸しているが、いずれ人口がもっと増えて来ればこの風呂だけではさばき切れなくなるだろう。

 将来はもっとデカい風呂を造ったほうがいいのかもしれない。それには大型魔動車にデカい風呂桶を積めばいい。大型のボイラーがいるけど、ドワーフにその技術はあることはわかっているので注文生産出来るはずだ。


 そんなことを考えながら湯舟に浸かっていると、風呂の表の扉が開く音が聞こえた。扉にはかんぬきはかけていないが、俺が入浴中だと示す札は下げている。コロイボスだろうか? いつもより入浴の時間が遅かったから、カジノの営業時間を過ぎていたのかもしれない。


 浴室に入って来た人の姿を見て驚いた。カサンドラだった。

 彼女は入って来た時には申し訳程度に布で前を隠していたが、その豊満な体はまるで隠しきれていない。初めてあった頃の彼女は心労からか少しやつれていたが、今では完全に美しさを取り戻していた。

 カサンドラは優雅な微笑みを浮かべながら俺に会釈すると、風呂椅子に腰かけて体を洗い始めた。俺は彼女に声をかけるべきだったが、あっけにとられていたことできっかけを失ってしまった。

 魔石ランタンのほのかな灯りの中、彼女の傷一つない背中が波打つのが見えた。透明感のある白い肌が水をはじく。腰から臀部に至るくびれたラインが美しかった。


 俺はさっさと風呂から上がればよかったのだが、立ち上がるのは無理な状態になっていた。別の部分が立ち上がってしまっていたからだ。

 仕方がないので、少しの間このままでいることにした。俺が気にしてるほど、彼女はこっちを気にしていないように思えたからだ。

 この世界の女性は子供に乳をやるために人前で胸をはだけたりすることは普通にやるし、また野外で女性が半裸で身体を拭いているとことに出くわすことなんて日常茶飯事だ。もしかしたら、肌を見られることにもあまり抵抗がないのかもしれない。


 彼女は頭を洗った後、こちらの方をちらっと見やった。湯に入りたいのだろう。俺は気が利かなかったことを恥じて慌てて立とうとして思いとどまる。

 そうだった。今は立ち上がることが出来ない状態なのだ。


「あたくしもご一緒してもよろしいかしら?」


 八方ふさがりになった俺に追い打ちをかけるように彼女は言った。微かに笑みを浮かべるその表情から冗談なのか本気なのかを判別できるほど、俺は彼女のことを知らなかった。


 カサンドラは風呂に一緒に入っていいかと聞いているのだ。

 いや、全然よろしくない。この浴槽は家庭用のユニットバスのサイズで、一人で入る分には足をのばせてまずまず快適だが、二人で入るにはかなり狭い。密着状態になってしまう。


「カサンドラさん。悪いけど、脱衣場に置いてる布を取ってくれないかな」


 彼女はうなずいて布を取って来て俺に手渡した。


「俺はもう上がるから、ゆっくりしていってくれ」


 俺は何とかそう言うと、布を腰に巻いて前かがみになりながら風呂場から立ち去った。



「男女が一緒に風呂に入ることってよくあることなの?」


 翌朝、俺はテオフィリアに尋ねた。もしかしたらこの世界では、江戸時代の日本のように混浴が普通だったりするのか、それを知りたかったのだ。


「わかんない。そもそも、お風呂自体が珍しいから」


「そうか。それはそうだよな」


「ん? どうしてそんなことをきくのかな?」


「え? ちょっと気になっただけ」


「怪しい……」


 彼女は目を細めた。


「テオフィリアはもうカジノには行ったの?」


「あら、どうして話をそらすのかしら?」


「いや別に……。そういうわけじゃ」


「これは何かあったわね」


「あ、そうだ。そろそろ開店の準備をしないといけない」


 車に戻ろうとしたところを腰をつかまれる。


「白状しなさい! 何があったの?」


 この後、さんざんにくすぐられた。


「い、言うから離して……」


 俺は昨晩の風呂場での出来事のことを彼女に話した。


「彼女、トモくんを狙ってるのかも知れないわね。もしかしてサキュバス族の血が目覚めたのかも……」


「え、それってどういう事?」


「何、その弾んだ声。嬉しそうね」


 テオフィリアは眉間にしわを寄せた。


「いや、困ったな」


「ぜんっぜん、困った顔じゃない!」


 そう言われても、美人な未亡人サキュバスに迫られるのが嫌な男がいるわけがなかった。


「カサンドラさんだけズルいわ。私も今晩、トモくんと一緒に入るからね!」


 テオフィリアはそう言うと、店の準備のために自分の車に向かった。その時の俺は彼女の言葉を真剣にはとらえていなかった。

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