第3話 猫人の里

 というわけで、少し場所を変えて再び魔物を待ってみた。今度は少し時間がかかって1時間ほどしてから新たな魔物が姿を見せた。

 深緑色の肌の人型の魔物。ゴブリンだった。数は6匹だ。人間の子供くらいの大きさでそれぞれが打製石器の槍や斧、そして木製の棍棒を持っていた。


 さっきと同じように棒を構えて結界の中で待った。今回は結界の範囲があらかじめ分かっているので、もっと効率的に狩れるはずだ。

 ゴブリンが車に殺到しようとする。そして結界の壁にぶつかって阻まれた。数匹が折り重なるように倒れる。立ち上がったところを棒で次々と仕留めた。ダイヤウルフより簡単そうだ。そうやって3匹倒したところで状況が変った。

 ゴブリンが結界を警戒して少し距離を取ったのだ。そしてそのうちの1頭のゴブリンが突然槍で突いてきた。


「うおっ!」


 危なかった。ギリギリだった。結界で阻まれるのは魔物だけで、魔物の持ち物は結界で阻まれることはないということを、俺はすっかりと忘れていたのだ。

 ゴブリンが持っている槍はそんなに長くはないが、それでも俺が持っている棒よりはずっと長い。やっかいだった。

 俺は車のすぐそばまで下がる。そこまで下がれば槍は届かない。そして用意していた投石用の石を手に取ると、槍持ちのゴブリンめがけて思いっきり投げた。頭に命中し、ゴブリンは座り込んだ。連続でいくつも石を投げつけると、そのゴブリンはその場で倒れ、痙攣して動かなくなった。


 槍のゴブリンを倒せば、あとは簡単だろうと思っていたがそうはいかなかった。残った2匹のうちの1匹があっさりと自分の武器を捨てて落ちていた槍を拾ったからだ。しかももう1匹のゴブリンが俺が投げた石を拾って、逆にこっちに投げつけてきた。これは本当にマズい。

 体に当たれば怪我をするのもあるが、それ以上にマズいのは、車の窓ガラスが割られでもすれば今の生活に支障が出るからだ。車が壊れた場合、修理出来るのかを車にきいておけば良かったと思った。


 俺は慌てて車に乗り込むと、あせりで震える手でキーをひねってエンジンをかけた。


「逃げるのですね。よい判断です」


 車のスピーカーが言った。



 森を出てすぐのところの道端に車を停めて、俺はほっと息をついた。危ないところだった。

 魔物狩りはこの車をもってしてもリスクが大きかった。しかし、魔物を狩らないと魔石が取れない。魔石が取れなければ車の機能が使えない。やはり町に入って魔石を買うほかないのだろうか。


「車は壊れた時、修理出来るのか?」


 俺は車の精霊に尋ねた。


「ポイントを使えば修理は可能です」


「ポイント?」


「ポイントは日ごろの行動によって自然と溜まり、レベルアップ時に支給されます」


「レベルアップはまだだよな?」


「はい。よって現状は修理不可能です」



 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。コツコツという音で目が覚めた。何かが車体を叩いているようだ。俺は体をねじって窓から外を見る。立った耳とふさふさの尻尾が動いているのが見えた。

 動物だろうか? 俺は追い払うために棒を手に取ると、運転席のドアをバンと開いた。


 何匹かは跳ねるようにしながら逃げ去ったが、1匹だけが腰を抜かしていた。


「猫?」


 よく見ると猫ではなかった。 二本足で立って歩く猫。どうやら猫の獣人のようだった。それもまだ子どもだ。

その子どもは女の子のようだった。顔は猫そのものなので性別の見分けがつかないが、可愛らしい服を着ているので分かった。

 その子は長い棒を持っていた。子どもたちは興味本位で近づいてきて車を棒でつんつんと突いていたのだ。


「コラ!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 怒って見せると、その子は腰を抜かしたまま何度も謝ってきた。車の精霊が言ってた通りに言葉は通じるようだ。

 かわいそうになったのでジンジャエールを入れてやった。飲むように言うと、子どもはそれを不思議そうに見つめてからおずおずと口をつけた。炭酸のシュワーっとする感覚に驚いたのか一度口を離したが、すぐにまた飲み始めた。


「美味いか?」


 飲み終えた子どもに尋ねた。


「うん」


 他の二人の子どもたちも戻ってきた。皆にジンジャエールを入れてやった。よほど美味かったのかむさぼるように飲み干してから器を舐めた。もう1杯入れてやった。その二人は男の子だった。三人は友達で探検に来ていたらしい。



 三人の案内で子どもたちの家がある猫人の里に向かった。里は北にある川を渡ってすぐのところにあった。里と言っても粗末な木造の家が三軒あるだけだった。

 子どもたちの紹介で、里にいる猫人の大人たちと交流することが出来たのは大きかった。ホットドッグとジンジャエールを試してもらったら非常に好評で、物々交換することが出来た。俺はここで、この世界の一般的な服であるチェニックとサンダル、そして磨製石器の槍を手に入れた。


 俺は里の大人に沼のそばでゴブリンと戦って逃げてきたことを話した。猫人たちはその話を聞くと、喜び勇んで俺が伝えた場所に向かい、あっという間にゴブリンの巣を全滅させて帰ってきた。

 里の者の話によると、猫人とゴブリンは同じような狩猟採集生活を送っている上、生活域が被るために天敵関係にあるのだという。とは言え、戦えば猫人の方がずっと強いので獣人はゴブリンを見つけ次第狩るが、ゴブリンは常に猫人を警戒しているので、なかなか居場所を特定出来ないらしい。


 猫人たちはその戦いで、実に28個もの魔石を得たようだ。情報料として俺にも3個分けてくれた。猫人たちは生活に魔石を使わないので、奪った魔石は町から来る魔石商にすべて売るのだという。

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