第45話 疑惑
つまり、三千年前にドワーフ帝国滅亡前にこの施設の管理をしていたディル家の者が人族側に寝がえることで生き延び、三千年後にその子孫がこのゲートを開いたということだ。
何のために?
考えるまでもない。北レクリオンを取るためだ。
魔物を流入させることで北レクリオンを混乱させ、ギルドですら収拾不可能だったその混乱をディル家が収めることが出来れば、北レクリオンでのディル家の影響力は絶大となるだろう。
混乱を収拾した後も、住民の保護を名目に軍を駐留させたままにしておけばいい。そもそも襲ってくる魔物の数は彼らが自分で調整できるのだ。
俺はメガメーデに以前に聞いた話、最近になってブラシアの町で扱われる量が増えているという魔物素材の話のことを思い出した。
あの話は、ディル家自身が流入する魔物を増やしていたというのなら意味が違ってくる。彼らは収入が増えたから北レクリオンに野心を持ったのではなく逆だったのだ。北レクリオンに野心を持つ新当主が、一石二鳥のこのやり方で軍資金を増やしたのだ。
「もしかしたらディル家は、三千年前のドワーフ帝国滅亡の際にも同じことをしたんじゃないか?」
「と言いますと?」
「以前、お前はドワーフ帝国の滅亡の原因の一つが魔物の大発生だって言ってたよな」
「はい」
「それを引き起こしたのもディル家じゃないだろうか。つまりディル家は、人族のためにドワーフ帝国を混乱させようとして、その時もゲートを開いたんじゃないか」
「なるほど、その可能性は大きい……。いや、大方その通りでしょう。
おそらくはその頃のディル家はゲートの管理人程度の役割だったのでしょう。しかしドワーフ族を裏切ってゲートを開いた功績により、新しくできた人族の帝国から爵位とこの地に領土を与えられた」
「うん」
もし、それが正しいならオノトマスが、妻のアトレーだけを異世界へ避難させて自分が残った意味も変ってくる。
以前、車の精は、オノトマスはドワーフ帝国が充電期間の二年も持たないと考えていたので、取り急ぎ妻だけを先に異世界へ避難させたのだろうと言っていた。しかしそうではなかったとしたら。
もしかしたらオノトマスは本当に二年後に妻の元へ行くつもりだったのかも知れない。しかしディル家がゲートを開いたことによる魔物の大流入とそれによる混乱が、帝国の滅亡を急速に早めてしまったので行けなくなったのかも知れない。今となっては真相はわからないが。
俺は、ディル家の疑惑をバルカンに伝えるべきかどうか迷った。
ランパスが死んだのはディル家のせいだと知れば、バルカンが何をするか予想がつかないからだ。
しかし、今、黙っておいて後で言うのもどうかと思ったので結局伝えることにした。俺は二人を車に呼び、ゲートの開閉のスイッチにいじられた形跡があったことを話した。
「ではゲートは人の手で開かれていたということですね? 旦那様」
「うん」
「旦那さまは誰がやったとお考えなのですか?」
「ディル家だ」
メガメーデの問いに俺がそう答えると、バルカンは目を見開いた。
「何のためにそんなことを?」
「推測だけど……」
俺はさっき考えたことを、かいつまんで二人に話した。
「どう思う?」
「ディル家がドワーフだというのは驚きましたが、それ以外のことについてはありそうなことかと存じます」
「ああ、証拠はないけどな」
「証拠なんかいらねぇよ。誰かがやったのだとしたらディル家以外にそんなことする奴は思いつかねぇ。俺も奴らがやったんだと思うぜ」
バルカンが吐き捨てるように言った。
「帰ったらこのことを皆に話した方がいいかな?」
「旦那さまはディル家と真っ向から対立する覚悟がありますか?」
「いや、そこまでは考えてないけど」
「貴族というのは何よりメンツを気にするものです。彼らは侮辱を受けたと感じれば即、剣を抜きます。我らのような平民に非難されるようなことがあれば、それだけで侮辱ととらえるでしょう」
「戦いになるかな?」
「おそらく」
「……」
「トモ。お前の言ったことが事実なら、ディル家によってゾラのギルドは潰されたんだ。ランパスもそのために死んだ。なら俺は黙ってるわけにはいかねぇ。お前たちがやらなくても俺はやるぜ。ギルドの他の連中も同じ気持ちだろう」
「バルカン。気持ちは分かるが、戦うというのなら我らとも足並みを合わせるべきだ。バラバラに行動すればそれこそ敵の思うつぼになる」
「メガメーデはどうするべきだと思う?」
「私は、出来れば当分の間は戦いは避けるべきだと思います。
しかしギルドがどうしても戦うというのなら足並みをそろえる他ないかもしれません。ギルドがやられた後で、ディル家が残った我らだけを見逃すとは到底思えませんので」
「そうか……。覚悟を決めないといけないかもな」
「しかしまだディル家のしわざだと確定したわけではありません。はっきりするまではこの事は皆には伏せておいた方がいいでしょう」
メガメーデの言葉を聞いたバルカンは何も言わずにうつむいた。彼が何を考えているのかは分からなかった。
俺たちは帰るために、車に張った鉄板をタガネではがした。作業が済むと車を動かしてみた。シャーシがゆがんでいるので真っすぐに走らない。でもハンドル操作で何とかなるレベルだ。そのことを確認すると皆を乗せて出口からダンジョンの外に出た。
行きとは違ってゲートは確かに閉じていた。コンクリート製の巨大なゲートだった。
魔界からの出口であるルミニアの谷へ向かうために、南へと走った。道中の魔物の数は行きよりずいぶんと減っていた。相変わらず二人は車内では無言だった。作戦は成功したけど、それまでに失ったものが大きすぎたのだ。
俺たちが三叉路に戻った時には深夜にも関わらず、ワゴンブルグのほとんどの住民たちが出迎えてくれた。
しかし人々は入って来たこの車を見て言葉を失った。ボロボロの車は傾いていて、運転席はひしゃげてシャーシは曲がり、バンパーは落ちて扉もまともに閉まらない。そんな酷い状態だったからだ。
待っていた人たちは、俺たちが車から降りて、三人が共に無事なことを知って初めて、安堵の表情を見せて歓声をあげた
涙目のテオフィリアが俺の方へ駆けてくるのが見えた。無事に帰れてよかったと思った。
◆
翌早朝の会議で、王国のこれからの方針を話し合った。議題は今、真っ先にやるべきことは何かということだった。
そこで決まったことは北レクリオンに入り込み、各地に散らばった魔物たちを可能な限り速やかに掃討するということだった。もたつけばディル家が介入して来ることが予測されるからだ。
そんな時間との勝負の中で全てを完璧に行うことは不可能なので、メガメーデの意見により、最初のうちは特に影響が大きい場所にある魔物の拠点から集中的に討伐して、そこから徐々に討伐の範囲を広げていくという方針に決まった。
他に会議で決まった主なことは、直接の討伐の仕事は基本的にはギルドの冒険者がやるということ。移動販売業者たちは資金面や物資面で冒険者を援助をするということ。
討伐で獲た魔物素材は、帝国の役人の口利きで陸路でゾラの町から帝都へ向かう帝都の商人に優先的に格安で卸すことになった。出来るだけディル家を通すのを避けたかったからだ。
「新たに千ポイントが入リました」
運転席に帰った俺に車が言った。
「ポイント? なんで」
「この前のオートマトンや魔物との戦いがカウントされたのです」
「ポイントだけかい? レベルアップは?」
今までならポイントが入る前に車が大きくなったりしたんだが、今回はそれがなかった。打ち止めだろうか?
「前の戦いでシャーシがやられましたので、今後は車のレベルアップは不可能になりました」
「そうか……」
ちょっと楽しみにしていたので残念だ。
「ちなみに次のレベルアップはベ〇ツの予定でした」
「それ言う必要ある?」
「ちなみに今後はポイントは入りません。そして何とか走れるようになるまでの修理に五百ポイント必要です」
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