第46話 伝説のタッチ

 それから六日後の午後のことだった。

 ギルドによる魔物の掃討は順調に進んでいた。最近は俺たちも暇な時には近場での討伐を手伝っている。討伐の範囲が広がるにつれて、冒険者だけではさすがに全てにまでは手が回らなくなってきたからだ。大型の魔物や大きな群れはすでに冒険者たちが駆除済みなので危険はさほどない。

 

 仲間と共にヘイラ山脈で小型の魔物を狩って回っていた時のことだ。用を足しに行こうと草むらに踏み込んだ時、内ももにちくりとした痛みを感じた。


「うっ!」


 足元を蜘蛛が逃げていくのが見えた。例のアルプネアという毒蜘蛛だ。


「どうかなさったの?」


 俺のうめき声を聞いて、近くにいたカサンドラが駆け寄って来て尋ねた。


「蜘蛛に咬まれた」


 俺は自分の内ももを示しながら言った。


「まあ、大変。もものどこを咬まれたのかしら。早く吸い出さないと」


「え? あ、あの……」


 俺は躊躇した。前に刺された時と同じ内ももだが、あの時よりもっときわどい場所だったからだ。


「恥ずかしがっている場合ではございませんわ。さあ、早くお脱ぎになって」


 それでも俺がもじもじしていると、カサンドラが「もう、じれったいわ」と言いながら俺の前にしゃがみこんで、やや強引に俺のチェニックの裾をめくり上げた。


「ここに咬まれた跡がありますわね」


 カサンドラは俺の内ももをすっと撫でた。


「おふうっ!」


 みっともなく声を上げてしまった。

 以前、背中をさすられただけで俺を瀬戸際までまで追い詰めた、あの伝説のサキュバスタッチが今度は股間の近くを襲ったのである。たまったものではなかった。

 やめてくれー。心の中で一応言った。

 しかしそれはまだ序の口だったのだ。


「ではあたくしが吸い取って差し上げますわ」


 彼女は唇を舐めてから、俺の股の付け根の咬まれた傷に吸い付いた。ムチューッという音を立てながら毒を吸い、すぐにそれを吐き出す。その行為をしつこいくらいに何度も何度も繰り返した。

 「ありがとう。もう大丈夫だから」と俺が言っても、彼女は「まだ危険ですわ」となかなかやめようとしない。


 何度も吸われているうちに、なぜか俺は少しずつ顔が熱くなり、息が荒くなってくる。

 アニュモネが以前、井戸端会議で「サキュバスの唾液には催淫作用があるのよ」と言っていたことを思い出した。

 俺は血走った目で彼女を見下ろす。やわらかそうな胸が揺れるのが見えた。このまま下半身を押し付けてしまいたいような衝動にかられた。

 カサンドラはそんな俺の様子に気付いたのか上目遣いで俺を見上げ、「さあ、我慢なさらずに」と言った。


「トモくん、そっちにいるの?」


 テオフィリアの声で俺は我に返った。危なかった……。彼女は小走りでこっちに向かってくる。


「ちょっと。何をしてるのかしら」


 近くまで来た時、テオフィリアの顔色が変わった。その表情を見て俺は置かれている状況を理解した。

 草むらでカサンドラが俺の足もとにひざまずいてチェニックの裾から股間に頭を突っ込んでいる状況。これではまるで俺が濃厚サービスを受けてるみたいではないか。


「これでもう大丈夫ですわ」


 カサンドラはそう言うと、彼女は俺の下半身から身を離して立ち上がる。


「ち、違うんだ。テオフィリア」


「どう違うの?」


「誤解だ」


「何が誤解なのかな?」


「カサンドラさんも説明してくれ」


 俺が必死にそう頼むと、カサンドラは手拭いで自分の口を拭きながら言った。


「ご心配なく。苦しそうにしてらしたのでヌイて差し上げただけですわ」


 ちがーう! 

 いや、違わんけど言い方!


「ぬ、ヌイて?」


 テオフィリアは目を白黒させた。


「では、あたくしはこれで失礼します」


 カサンドラは澱んだ空気を残したまま、足早にこの場を去っていった。

 

「だ、だから毒を……」


「毒?」


「彼女に毒を抜いてもらってたんだ。蜘蛛に咬まれて……。

ほら、見て!」


 俺は自分でチェニックの裾をめくり上げた。


「み、見せなくていいわよ……」


 見てもらわないと困る。ちゃんとパンツもはいてるし、やましいところは何もない。多分。


「ここを咬まれたんだ。ほら、赤くなってるだろ?」


 俺は咬まれた痕を指さしながら言った。


「もう、分かったから。早く仕舞って」


 彼女は顔を赤くしながら言った。



 安静にするためにテオフィリアと共に車に戻った。後部の扉から車の荷室部に入る。荷室部のスペースにはいつでも寝られるように今は布団を敷いたままにしてある。


「大丈夫なの?」


 布団の上に横座りしたテオフィリアが心配そうな表情で尋ねた。


「もう毒は抜けたってカサンドラさんも言ってたし、大丈夫だよ」


「咬まれたとこ見せて」


 指で場所を示すと、テオフィリアは、四つん這いの姿勢で股間に顔を近づけてくる。

 うっ。なんて刺激的な体勢。くそっ、カメラがあれば。

 仕方がないので俺は記憶のメモリーに保存しようと懸命に試みる。

 彼女の息がかかったことで、はからずも膨らんできた。


「また腫れて来てるわ。大丈夫なの?」


「いや、ちがうんだ。それは咬まれてない。でもさすってくれたら楽になるかもしれん(別の意味で)」


「ふうん。 痛くないの?」


「大丈夫。さすってくれないの?」


「咬まれた場所には触らない方がいいのよ」


「いや、そこは咬まれてないんだ」


「そうなの? まあいいわ。でも次から蜘蛛に咬まれたらすぐ私を呼んでね。いつでも(毒を)ヌイてあげるから……」


 え……? 


「も、もう一度言って」


「いつでもヌイてあげる」


「もう一回」


「毒をヌイてあげるからね」


「毒はいらない」


「え? なんで?」


 この時、俺は彼女にエロいセリフを言わせようと必死だったのです。



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