第42話


「行ったか…」


遠ざかっていくエレナの背中が完全に見えなくなった。


これでこの場には俺一人。


あの3人がいれば、街の防衛に関しては十分すぎる戦力だろう。


すでに3人には支援魔法をかけているし、近接戦闘が比較的苦手な俺がモンスターとの戦闘に参加しても出来ることは限られている。


それよりも…


「みゃ!」


「…」


俺は腕の中のピンク髪の少女を見やる。


少女は俺のことを見つめ返し、小首を傾げている。


体の大きさからすると十歳程度だが…


どう見ても精神年齢はそれより下だ。


さっきから動きを見ていると、生まれたての赤ん坊ぐらいの知能しかないように見える。


「この子は一体何者なんだ…?」


依然としてその体からは、不思議な魔力の気配が放たれている。


「ちょっと…触れるぞ」


俺は徐に、魔族がしていたように少女の胸の中心に僅かに触れてみる。


「…っ!?」


次の瞬間、俺の指が糸も容易く少女の胸に穴を開けた。


そのまま、ズブズブと中へ吸い込まれていってしまう。


「なっ、何だこれ!?」


「むんっ!」


少女は特に痛がる素振りも見せず、可愛らしい声を漏らしている。


俺はぐっと力を込めて胸から腕を引き抜いた。


すると、手の中に固く冷たい感触が残った。


「魔石…」


いつの間にか、俺の手の中に魔石が握られていた。


少女の胸を見ると、もうすっかり元通りになっている。


「どーゆーことなんだ…?」


俺は少女を見据える。


だが、その無垢な表情からは何もわからない。


「魔族がやってたように…魔力を流してみるか…」


先ほど、魔族はこの少女から取り出した魔石に魔力を流していた。


すると魔石から手足が生えて、モンスターへと変わっていた。


ひょっとすると、同じことが俺にも出来るかもしれない。


俺は手の中の魔石に、魔力を通してみた。


すると…


「うわっ!?」


手の中で魔石がグニャグニャと変形をし始めた。


俺は思わず魔石を取り落としてしまう。


地面に落ちた魔石は膨張し、形を変え、やがて1匹のモンスターの形をとる。


『ガルルルル』


「ウルフ!?」


灰色の毛並み、鋭い牙。


少女から取り出した魔石は、低級モンスターの中では比較的強いモンスター、ウルフへと変化を遂げた。


『グルルルル…』


ウルフは近くにいる俺に唸り声をあげる。


その様子は、森で遭遇する野生のウルフと相違ないように見えた。


信じ難いが…


この少女には本物のモンスターを生み出す能力があるのだ。


「一体何なんだ…邪神の化身とでもいうつもりか…?」


俺はぼやきながら剣を抜き、ウルフを始末しようとする。


その時だ。


「めっ!!!」


唐突にピンク髪の少女が声を上げた。


「めっ、めっ!」


今にも俺に襲い掛かろうとしているウルフに向かって、仕切りに指を刺して声を上げている。


「危ないぞ!下がって…え…?」


『クゥウウウン』


俺は目を疑った。


人間に対しては剥き出しの凶暴性をあらわにするモンスターが、なんと少女に寄り添ったのだ。


少女は、足元によってくるウルフを愛おしげに撫でた後。


「あっち!」


森の奥の方を指さした。


『ワフッ!』


わかった、と。


そう言わんばかりの鳴き声を上げたウルフが、森の中へと帰っていく。


「まじかよ…モンスターがあんなにも従順に…?」


今のは使役の魔法なのだろうか?


いや、詠唱も魔力の流れも感じなかった。


ごく自然に、モンスターを懐柔していたように見える。


まさか、この少女にはモンスターを意のままに操る力が…?


「使えるかもしれないぞ…」


俺の頭の中に、ある考えが浮かび上がった。


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