第29話


「くそがあああああああ!!!くそっ、くそっ、くそっ」


森の中に怒鳴り声が響き渡る。


「なんで俺があんな雑魚にっ!コケにされなきゃっ!いけないんだっ!」


ガンガン、と近くの木を何度も殴るカイル。


ケルトがその場を去ってからすでに十分。


カイルはその苛立ちを周囲の木や地面にぶつけていた。


「ねぇ!カイル!いい加減にしなさいよ!」


情けないリーダーの姿を見て、ミシェルが声をあげる。


「叫んだって仕方がないでしょ!!」


「なんだと!?」


「落ち着いて!今は喧嘩している場合じゃない!あんたパーティーリーダーでしょ!!」


「うるせぇ!俺に意見するんじゃ」


「このままだと私たち、Aランクに降格よ!!」


「…っ」


ミシェルの声に、カイルはピタリと動きを止める。


そしてようやく、自分が絶望的な状況に立たされていることを自覚する。


ギルドの規約は、三回クエストを失敗すると、ランクが一つ降格することを定めている。


つまり、このままクエスト失敗報告を行えば、Aランクへと降格し、カイルたちはSランク冒険者の地位を失うことになる。


それだけはなんとしてでも避けなければならないことだった。


カイルはゴブリンの巣穴を見据える。


もはや引き返すという選択肢はない。


後に引けない状態だった。


「もう一回潜るぞ」


カイルはそう宣言し、巣穴へ歩き出そうとする。


「ちょ、ちょっと待って!3人で行くの…?」


「あたりめーだろ!!あの雑魚、逃げ出しやがったんだから!!それともなんだ!?このままAランクにでも落ちろってのか!?」


「…っ」


ぐっと唇を噛むミシェル。


やがて、Aランク降格は耐えられないと判断したのか、黙ってカイルの後に続く。


だが、唯一その場に歩き出さない人物がいた。


「おい、アンリ。何してる。さっさとしろ」


立ち止まったまま動こうとしないアンリに、カイルが声をかける。


アンリがゆっくりと顔をあげた。


「私…無理…もう、戦えない…」


その表情は恐怖に染まっていた。


アンリはゆっくりと二人に背を向けて逆方向に歩き出した。


「おい、アンリ!!どこに行くんだ!!戻ってこいっ!!」


カイルが怒鳴るがアンリは立ち止まらない。


そのままどんどん離れていってしまう。


「くそがっ!!クエストが終わったらあいつも追放してやるっ!!」


毒づいたカイルは、再びゴブリンの巣穴へと向きなおる。


ミシェルが不安そうな声で聞いてくる。


「ねぇ…二人で潜るの…?」


「当たり前だろ!!黙って俺についてこいっ!!」


「…っ…あなたねぇ!」


怒鳴ることしか出来ない無能のリーダーに、ミシェルが反論しかけたそのときだった。


「ああ、ここにいた!よかった!!カイルさん、ミシェルさん!急いで街へお戻りください!!!」


ギルドの制服をきた男が、背後から二人に声をかけてきた。




ケルトが立ち去り、またアンリが戦意を喪失してしまったためにカイルとミシェルの二人でゴブリンの巣穴へ挑もうとしていた矢先。


制服姿のギルド職員が、二人の元へと現れた。


「なんだ?」


「クエストのお邪魔をしてしまって申し訳ございません!至急街にお戻りください!!」


「なんでだよ?」


「大量のモンスターが、街を襲おうとしているんです!!!」


焦りの滲んだ声音でそんなことをいうギルド職員。


そののっぴきならない様子に、二人は話を聞くことにした。


そして、今現在、街が数千のモンスターに襲われそうになっている状況を知る。


「お願いです、カイル様!!ぜひ街の防衛のためにお戻りください!!」


「あ?なんで俺がそんなことしなきゃいけねーんだ?他の冒険者に任せればいいだろ」


「そ、それがですね…」


ギルド職員は、現在Aランク以上のほとんどの冒険者がクエストで街の外に出払っており、慌ててフクロウなどを使って呼び戻している状況を伝えた。


「お願いします、カイル様。ぜひ『緋色の剣士』の皆様に、街を守っていただきたいのです!!」


「ったく、ダリィなぁ…んで俺がそんなことを…」


一瞬断りかけたカイルは、はたと気付く。


待てよ。


この状況は利用できる。


数千のモンスターが街を襲うなんて明らかに異常事態だ。


街が混乱すれば、俺たちがクエストを失敗したことも有耶無耶に出来るかもしれない。


また、ここでモンスターから華麗に街を救えば、かつての名声を取り戻せる。


ギルドに恩を得ることもできる。


数秒間の間にそんなことを考えたカイルはニヤリと笑った。


「いいぜ。俺が街を守ってやるよ」


「ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」


打算的に街の防衛に加わることにしたカイルに、ギルド職員は何度も頭を下げた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る