第50話
『彗星の騎士団』が『緋色の剣士』と入れ替わる形でSランクに昇格した三日後。
一台の馬車が、街を出発した。
乗客の一人には、カイルの姿があった。
「…」
遠ざかっていく街を忌々しそうに見つめるカイル。
結局、あの後パーティーホームにミシェルもアンリも帰ってくることはなく、『緋色の剣士』は完全に崩壊した。
その翌日に、ギルドからはAランクへの降格を通知する手紙が届いた。
それが決定だとなり、カイルは街を出ることに決めたのだった。
もうあの街では冒険者としてやっていけない。
周りの冒険者から蔑まれながらAランク冒険者をやるぐらいなら、全ての地位を捨てて他の街で0からリスタートした方がいいとカイルは考えていた。
「忘れよう…あの街で起こったことは悪い夢だったんだ…」
一刻も早く屈辱の記憶を消そうと、頭を振るカイル。
そんな彼に、御者が話しかける。
「お客さん、その格好。冒険者かい?」
「…そうだが?」
「おお、そうかい!なら感謝しなきゃだな」
「なぜだ…?」
首を傾げるカイルに、御者が気さくに笑いながら言う。
「だって、モンスターの大群から街を守ってくれたろう?あんたらのおかげで、街の平和は保たれたんだ。感謝しても仕切れないよ」
「…っ」
「今回の戦いでは特に『彗星の騎士団』ってパーティーが活躍したらしい。お客さんは知ってるかい?」
「…っ」
「なんでもそのパーティーは今回の活躍のおかげで、Sランクに昇格したらしいんだ。すごいよなぁ…」
「…っ」
御者の無意識の言葉が、カイルの胸を抉る。
自分が追放したアルトが『彗星の騎士団』に加入したことは、風の噂で彼の元まで届いていた。
また、その『彗星の騎士団』が『緋色の剣士』と入れ替わる形でSランクに昇格したことも。
そして、それらのことは、カイルが今最も思い出したくないことであった。
だがそんなことつゆほども知らない御者は、『彗星の騎士団』を褒め称える。
「なんでも、その彗星の騎士団に最近入った支援職の冒険者が強いらしくてな?一人で魔族を倒したなんて噂もあるほどだ…まぁ、これは流石に嘘だと思うが…」
「うるせえ!黙れ!!」
「ひぃ!?」
ついにしびれを切らしたカイルは、青筋を立てて怒鳴り声をあげる。
「さっきから黙っていたらぺちゃくちゃぺちゃくちゃと!!てめーは黙って手綱握ってろ!!」
「はいぃ…」
恐縮する御者。
慌てて口を閉し、馬車の運転に集中する。
「はぁ、はぁ、はぁ…くそ…あの野郎…絶対に許さねぇ…!」
カイルの頭の中にアルトの顔が思い浮かぶ。
「なんであんな雑魚がSランクに…くそ、くそくそくそ!!!」
カイルの中ではいまだアルトは役立たずであり、自分の追放という判断は間違っていないことになっていた。
彼はあまりのプライドの高さに、自分の間違いを一切認められない人間となってしまったのだ。
故に、カイルは自分の失敗の間隙を縫ってSランクに成り上がったアルトを殺したいほどに憎んでいた。
別の街でまた新たに冒険者として成り上がり、その暁には必ず復讐してやる。
彼の頭の中はそんなことばっかりだった。
「お、お客さん…?」
カイルが握る拳から血が出ていることに気づいた御者が、心配そうに声をかける。
「うるせぇ!」
だが、気遣いを無視し、カイルはイライラを御者にぶつける。
「ひぃ!?」
「黙って運転してろって言ったろうが!!」
「すみませええええん!!!」
慌てて前に向き直る御者。
はぁ、はぁ、とカイルは肩で息をする。
「くそ…どいつもこいつも俺を苛立たせる…逃げたソフィアとアンリの二人もだ…今に見ていろ…必ずもう一度のし上がって復讐してやる…」
今までの失敗は何かの間違いだった。
次の街へたどり着けば、自分は必ずSランクに返り咲ける。
そう信じて疑わないカイルは、いつか訪れるだろう復讐の機会を空想し、どす黒い笑みを浮かべた。
それがまだ、悲劇の序章だとも知らずに。
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