第8話
アルトが駆け出しパーティー『英雄の原石』に指導をしている一方その頃。
アルトを追放した『緋色の剣士』の三人のメンバーは、地下迷宮ダンジョンを訪れていた。
彼らがその日受けたクエストはミノタウロス三十体の討伐。
クエストランクはAであり、Sランクパーティーである彼らには本来、簡単なクエストであるはずだった。
「ねぇー、カイルぅ〜。なんでAランクのクエストなんて受けたのよ〜」
ダンジョンの通路を歩きながら、カイルと腕を組んだミシェルが猫撫で声を出す。
カイルは自らの腕に押し当てられた柔らかな感触に、鼻の穴を大きくしながら答えた。
「仕方ないだろー?俺らに見合ったSランクのクエストがなかったんだからよ〜。ま、こんな楽勝なクエスト、とっとと片付けて帰ろうぜ」
「そうねー。Sランクの私たちにとってAランククエストなんて楽勝よねー。しかも今日はあの邪魔者がいないし〜。いつもより捗るんじゃないかしら?」
「うん…アンリも、そう思う…アルトは本当に戦いの邪魔だった…いなくなってくれてスッキリ…」
「うひゃー。アンリさん、すました顔して辛口ー。ま、俺も同感だけどな」
「ふふ…私たち、なんであんな無能とこれまでパーティー組んでたのかしらね?もっと早めに切っておくべきだったんじゃないかしら?」
「そう…もっと早くに追放しておくべきだった…そしたら、報酬も…アルトに盗まれずに…済んだ…」
「本当だよなー。ギャハハハハ」
三人は散々アルトを馬鹿にしながらダンジョン内を進んでいく。
やがて、ミノタウロスが生息する区域へと辿り着いた。
『グモォオオオオオオオ!!!』
低い咆哮とともにミノタウロスが数匹、カイルたちに近づいてくる。
「おい、アルト。支援魔法…って、そうだ、いないんだっけ」
「ちょっとー、カイルしっかりしてよー」
「ぎゃははっ。つい癖で。あの無能を追放したことを完全に忘れていたぜ」
「全くもぅ…支援魔法はないわよ?大丈夫なの?」
「は?あんな無能の支援魔法、あってもなくても一緒だろ」
「きゃははっ。違いないわっ」
三人はミノタウロスを格下と嘲り、ふざけながら戦いに身を投じる。
『グモォオオオオオオオ!!』
ミノタウロスの、突進。
「うるせーよ雑魚」
前に出たカイルが、剣を横凪にする。
ガキッ!!
「あ?」
カイルが首を傾げる。
彼の振った剣は、ミノタウロスのツノに受け止められ、静止していた。
普段であれば、ミノタウロスの首が飛んでいるはずだ。
ミノタウロス程度のモンスター、Sランクの冒険者にかかれば、本来瞬殺である。
だが、なぜかカイルの一撃はミノタウロスによって防がれていた。
「なんだ?これ…」
何が起こったのかわからず、カイルが不可解な顔をする。
一方で、他の二人は…
「きゃははっ。カイル、あんた何遊んでんのよっ!!ミノタウロスに攻撃塞がれるとかっ!!面白すぎるわよっ」
「ぷふふ…しかも…演技も、迫真…一瞬、本気で防がれたのかと…思った」
カイルがふざけてやったのだと勘違いするミシェルとアンリが肩を震わせる。
だが、カイルは決して手加減をして攻撃をしたわけではなかった。
正真正銘、ミノタウロスを殺そうとして振るった本機の一撃だったのだ。
「意味がわかんねぇ」
何が起きたのか理解できずに動きを止めるカイル。
『グモォオオオオオオオ!!』
そんな彼に、ミノタウロスが再度の突進をかます。
ドゴォオン!!
「ぐおおおおっ!?」
カイルが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「がはっ」
口から血を吐いて、地面に倒れ込む。
「ちょっ!?カイル!?何ふざけてんの!?いい加減にしなさいよっ!!」
「ふざけてたにせよ…ミノタウロスに吹き飛ばされるとか…今日のカイル…やわすぎ…」
ミシェルがカイルを咎め、アンリが目を細める。
一方で、地面に倒れたカイルは、自分がミノタウロス如きに吹き飛ばされ、血を流されたことをようやく認識し、驚愕していた。
「なんだこれ…?どうして俺がミノタウロスに…?」
こんなのは本来ありえないことだった。
仮にふざけていたとしても、Sランクである自分がミノタウロス如きに吹き飛ばされるなどありえない。
普通であれば、逆にぶつかってきたミノタウロスが吹き飛んでもおかしくないのだ。
「ひょっとして亜種か?」
カイルは口元から血をダラダラと流しながら、顔を上げてミノタウロスを見る。
モンスターにはまれに亜種というものが存在して、通常個体よりも強いパワーを発揮することがある。
しかし、亜種であれば、体の色合いが普通の個体とは異なるために、出会った時点ですぐに気づくはずだ。
カイルを吹き飛ばしたミノタウロスの色はいたって普通である。
いや、仮に亜種であったとしても、自分が負傷するはずはない。
ミノタウロスと自分の間には、それほどの力量差があるはずなのだ。
「ほら、カイル。いつまで演技してんのよ。回復魔法をかけるから。さっさと立ちなさい」
ミシェルがカイルに回復魔法を施す。
カイルの体が光に包まれた。
カイルは痛みが多少和らいだのを感じた。
しかし、傷が完全には治っていない。
いまだ血は流れたままだ。
「おいっ…ちゃんと…回復しろっ…」
ミシェルを恨みがましく見つめるカイル。
彼はミシェルがふざけてわざと力をセーブしたのだと思っていた。
だが、事実は違った。
ミシェルはカイルの傷を感知させるつもりで回復魔法を使ったのだ。
「あ、あれ…?おかしいわね」
首を傾げつつも、ミシェルは再度カイルに回復魔法を使う。
だが、今度も、多少カイルの傷は治ったが、完治には至らなかった。
「おいっ…だからふざけるのも大概にしろと…」
「ふ、ふざけてないわよっ!!私は真面目に…あれ?どうして…?」
三回目の回復魔法。
それでようやくカイルの傷は完治した。
それを見ていたアンリが、おかしくて仕方がないというように爆笑する。
「ぷふふっ…二人とも…いつまでコントしてるの…面白すぎて…もうだめっ…」
二人はいたって真面目なのだが、ふざけていると勘違いしたアンリは笑い転げる。
そんな中、ミノタウロスが再三、突進してきた。
「ぶげぇっ!?」
突進がクリーンヒットし、またしても吹き飛ばされるカイル。
数秒間宙を舞った後地面に叩きつけられ、また吐血する。
「はぁ?」
このあたりから、ミシェルはカイルがふざけてはいないことに気づき始める。
「ちょっ、カイル!?どうしちゃったの!?具合でも悪いの!?」
カイルに駆けより、回復魔法を使うミシェル。
だが、今度も一度では治らず、完治までに五回も魔法を使う羽目になった。
そのせいで、ミシェルの体内魔力はかなり削られてしまう。
「おかしい…今日の私の魔法、なんか変…」
ミシェルは自分の手を見ながら、違和感に首を傾げた。
一方で、アンリはというとまだ二人がふざけていると考えていた。
「ふぅ…今日の二人…最高に面白い…笑わせてもらった…お礼に、ここは私が一人で…片付ける…」
ミノタウロスに向かって突っ込んでいくアンリ。
肉薄し、抜き放った細剣を何度もミノタウロスに向かって突き出した。
ギギギギン!!
「え…?」
アンリは首を傾げる。
一撃一撃がミノタウロスを串刺しにし、そして最終的に蜂の巣にするはずだった彼女の攻撃が、全てミノタウロスの硬い皮膚によって弾き返されたからだ。
「なん、で…?」
カイル同様、何が起こったのかわからずに、首を傾げる。
『ブモオオオオオ!!』
ミノタウロスの突進。
「きゃあっ!?」
吹き飛ばされるアンリ。
「ちょ、アンリまで!?」
ミシェルが慌てて回復魔法を使う。
だが、またしても彼女の回復魔法は一回でアンリの傷を感知させず、結局半ばで魔力が尽きてしまう。
「み、ミシェル…回復、魔法を…」
「も、もう魔力が尽きたんだけど…」
「はぁ!?なんだよそれっ!?」
ミシェルの言葉に、激昂したのがカイルだ。
「まだ戦闘が始まって5分も経ってないぞ!?魔力が尽きたってふざけてるのか!?」
「ふざけてるのはあんたでしょ!?何度も何度も私に回復魔法を使わせて!いいからさっさと倒しなさいよ!前衛でしょ!」
「黙れっ!俺に指図するなっ!!」
「…っ」
カイルの乱暴な物言いに歯噛みするミシェル。
そうこうしているうちにミノタウロスたちが動きを見せる。
『『『『グモォオオオオオオオ』』』』』
数匹による、咆哮の重なり。
次の瞬間、カイルたちに向かって同時に突進する。
向かい合うカイルの額に、一筋の汗が伝った。
「くそ…今日は何かが変だ…なんで俺がこんな雑魚如きに苦戦してるんだ…」
結局。
その日、彼らはクエストを達成することが出来なかった。
彼らはミノタウロスを一体すら討伐できなかったのだ。
そして、SランクパーティーがAランククエストに失敗するという前代未聞の出来事は、瞬く間に冒険者たちの間に広まって行ったのだった。
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