第9話
「い、痛い痛いっ…うぐぅううう…」
「し、しっかりしなさいカイル!もうすぐ治癒術師のところに着くから!ねぇ、アンリ!手伝ってっ!私一人じゃ支えきれないっ!」
「む、り…アンリも…傷が深い…たってるだけで…精一杯…」
街道をカイルとミシェルとアンリの三人が歩いている。
ミノタウロスとの戦いに敗れ、ダンジョンから地上へと逃げてきた三人は現在、傷を癒すために治癒術師の元へと向かっていた。
Sランクの彼らはAランクモンスターのミノタウロスの群れに、1匹も倒せずに惨敗したのだ。
傷は深い。
特に前衛のカイルのダメージは大きく、一人では立って歩けないほどだった。
「ぐぅううう…痛いぃ…」
「大丈夫よカイル!もう少しの辛抱だわ…」
血を流し、痛みに悲痛な声を漏らすカイルを、ミシェルが支えながら励ます。
ミシェルはアンリに手を貸してもらおうとしたが、アンリの傷もそれなりに深く、彼女は一人で立っているだけで精一杯のようだ。
三人は、亀のような歩みで治癒術師のところへと歩いていく。
「おいみろよあれ…Sランクパーティーの『緋色の剣士』だぜ」
「怪我してねぇか…?Sランクがあそこまで傷つくって余程のことだぜ…」
「きっと相当強いモンスターと戦ったんだろうな…SSランクとかの…」
彼らとすれ違う人々は、負傷しているカイルたちを見てヒソヒソとつぶやく。
「…っ」
きっと、災害級のモンスターと戦ったのだろう。
そんな人々の噂話は、プライドの高い三人の精神をじわじわと締め付ける。
なぜなら三人が敗れたのは、災害級のモンスターなどではなく、Aランクパーティーでも討伐することのできる、ミノタウロスだったのだから。
「…にかの…ちがいだ…何かの…まち…だ」
朦朧とした意識の中、プライドの高いカイルは、いまだ自分がミノタウロス如きに敗走した現実を受け止められず、「何かの間違いだ」とうわごとのように連呼していた。
そんな中、前方から彼らが最も会いたくなかった人物がやってきた。
「ん…?」
Dランク冒険者パーティー『英雄の原石』の三人と別れてからしばらく。
俺が街道を歩いていると、見覚えのある顔が三人、前方からやってきた。
「げ…」
それはつい先日、俺を追放した『緋色の剣士』の3人のメンバーだった。
向こうはまだ俺の存在に気づいていない。
俺は傷れないようになるべく未知の端っこによって、こっそりすれ違おうとしたのだが…
「え…」
異常事態に気づく。
3人が満身創痍なのだ。
カイルに至っては、ほとんどミシェルにもたれかかるようにして歩いていて、傷は相当深い。
俺はたまらず、声をかけた。
「お、おいっ!お前らっ、大丈夫かよ!?」
3人へ駆け寄る。
「あっ、アルト…」
ミシェルがしまった、という顔になる。
「あう…」
アンリも気まずそうに顔を背け。
「…っ」
カイルに至っては、怒りに顔を歪めた。
「一体何があったんだ!?お前たちがこんなにやられるなんてっ!!災害級のモンスターが出たのか!?待ってろ、すぐに治療してやるっ!!」
俺はすぐに3人に回復魔法を使おうとする。
確かに、彼らは俺を追放した憎い相手だ。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
彼らの傷は深く、カイルに至っては一刻も早く治療が必要だ。
ここで見捨ててカイルにしなれたりしたら本当に目覚めが悪い。
なので俺はすぐにでも3人の傷を治療しようとしたのだが…
「近づくんじゃねぇ…っ!!」
血だらけのカイルが叫び声を上げた。
直後、「がはっ」と吐血する。
「おい、大丈夫かよ!?無理するな?」
「うるせぇ、近づくな雑魚がっ!!…がはっ…ぶへぇ…」
吐血しながらも、憎しみのこもった声で俺を拒絶する。
「てめぇは追放しただろうが…2度と俺の前に姿を見せるなと…」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?今すぐ回復魔法を…」
「ぶっ殺すぞっ!!俺に回復魔法を使ったら、ぶっ殺すぞっ!!ぐはああああっ」
散々叫び散らしたことで、傷口が完全に開いたらしい、カイルは叫び声を上げて、気絶してしまった。
「カイルっ!!待てよ、今回復魔法使うからな!」
俺はカイルに回復魔法を使った。
傷口が塞がり、気絶しているカイルの顔が安らかになる。
これで死ぬことはないだろう。
「ふぅ…これでひとまずは大丈夫そうだな…一応、二人にも回復魔法を」
カイルに比べて、他の二人の傷は命に関わるほどではなかったが、俺は一応回復魔法を施しておいた。
「「…」」
二人は無言で治っていく自分の体を見つめる。
一応、お礼とかあっても良くないか?
「なぁ、一体何があったんだよ。どうしてカイルの怪我を放っておいた?ミシェルの回復魔法があれば、この程度、簡単に治せるだろ?」
俺が当然の疑問をミシェルにぶつけると、ミシェルが憤慨した。
「うるさいわね!こんな傷、わざと治療しないでおくはずがないでしょ!魔力切れよ!」
「ま、魔力切れ…」
今までの冒険者生活で、ミシェルの魔力が切れたことなんてほとんどなかった。
これが意味することはつまり…
「なるほど…よほどの強敵が現れて、魔力を使い果たしたんだな。そうだろ…?」
「…っ」
そういうと、ミシェルはそっぽを向いてしまった。
「おい、怪我を治療したんだから、それぐらい教えてくれたっていいだろ?お前たちをこんなにするなんて、一体どんな強いモンスターと戦ったんだよ?」
「…うるさいわねっ、いつまでも仲間面しないでっ!!あんたはもう赤の他人なんだから…」
「それはないだろ…」
それぐらい教えてもらってもよさそうなものだが…
きっと彼らはプライドが高いから、ここまで傷つけられたことを気に病んでいるのだろう。
しかし、この3人をこんな状態まで追い込むなんて、一体どんなモンスターだよ…
SSランク以上は確実だと思うが…
「まぁいい。とにかく無茶はするなよ」
「うるさい」
「はぁ…」
忠告をしてやると、ぴしゃりと言い返された。
俺はため息とともにその場を後にした。
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