第18話


この人は一体何を言ってるんだ?


そんな表情で、ルーナが首を傾げた。


「今なんと…?」


「聞こえなかったのか?クエストは達成した…だが、素材は捨ててきた」


「…」


ルーナが口をぽかんと開けたまま固まる。


「あの…意味がわからないんですけど…」


「ちっ」


当然の反応をするルーナに、カイルがちっと舌打ちをする。


「トロい受付嬢だな…だから言ってるだろーが!!リザードマンは倒した!だが、素材は捨ててきたんだっ!!いいからクエスト達成の手続きをしろよ!」


「怒鳴らないでください、カイルさん。残念ですが、討伐証明のための素材を持ってきてくれなければ、クエスト達成とするわけにはいきません」


「はぁ!?なんでだよ!!」


「規則ですので」


「俺たちはSランクだぞ!!」


「ランクなど関係ありません。リザードマンの爪がなければ、クエストは失敗となります」


「ふざけるなっ!!!」


ドォンとカイルがカウンターを叩いた。


周囲の冒険者や職員が一斉に注目する。


だが、ルーナは臆さない。


鋭い瞳で、カイルを射抜いている。


「…っ」


針の筵となったカイルはたじろぐ。


額を一筋の汗が流れた。


一方で魔法使いのミシェルはというと…あまりの惨めさに、カイルの後ろで俯いて口を閉ざしている。


「と、とにかく…俺たちはリザードマンを倒したんだ…クエスト報酬はいらないから、クエスト失敗にだけはするなよ…」


「いえ、残念ながらそうさせていだだきます…」


「…っ」


ぎりりとカイルが歯を食いしばる。


思わず受付嬢に殴りかかりそうになるが…そんなことをすれば間違いなくギルドを追放される。


ギリギリのところで留まった。


そんな時だ。


「あー、ちょっといいか?」


「「…?」」


一人の冒険者が間に割って入ってきた。


「カイルさん、嘘はよくないぜ。あんた、森でリザードマンに惨敗したろ。しかも仲間の一人が腕を失ってた。俺は一部始終をしっかり見てたぜ」


その一言で、場が凍りついた。




「どういうことです?」


ルーナとカイルの争いに割って入ってきた冒険者の男。


彼は、つい1時間ほど前に自分が目にした『緋色の剣士』の醜態を洗いざらい告白する。


「俺たちパーティーはついさっきまで森の中で薬草採取のクエストをしててな…そしたら森の中から悲鳴が聞こえたわけよ…それで駆けつけてみたら…『緋色の剣士』の3人とリザードマンが戦ってた…そして、一人が腕を溶かされ、リザードマンに食われてた…そして、『緋色の剣士』は1匹もリザードマンを倒さないままその場から逃げ出したんだ…俺は一部始終を見てたぜ…俺のパーティーはCランクだから助けに入っても瞬殺されるだけだからな」


男がもたらした衝撃の告白。


様子を観察していた周囲の冒険者たちがザワザワとしだす。


「おいマジかよ…緋色の剣士が負けたって…?」


「リザードマンは確かに強いけどよ…1匹も倒せずに惨敗とか…」


「一人は腕を食われたんだって…?大丈夫なのかよ…?」


「Sランクパーティーがそんなんで大丈夫なのかよ?」


冒険者たちの口から、『緋色の剣士』の実力を疑うような声が漏れる。


耐えきれなくなったカイルが叫んだ。


「ふ、ふざけるなぁあっ!!」


真実を告白した冒険者に詰め寄る。


「お前っ、デタラメを吹聴してんじゃねぇ!俺たちが負けただと!?そんなことあるはずないだろうがっ!!」


「で、デタラメじゃないっ。俺は見たままをしゃべったんだっ!事実、あんたらはリザードマンの爪を持っていないじゃないかっ!!」


「…っ」


痛いところを突かれて何も言えなくなってしまうカイル。


そんな中、耐えかねたのか、今までずっと黙っていたミシェルが声を上げた。


「もうやめてよカイル!!」


金切声をあげ、一気に捲し立てる。


「恥の上塗りはやめてっ!!彼のいう通りだわ!私たちは負けたっ!リザードマンを1匹も倒せなかった!クエストに失敗したの!!この事実はどうやったって覆らないわ!!もう嘘をついて惨めな思いをするのはたくさんっ!!いい加減認めなさいよ!!私たちは負けたのよ!!」


「ミシェル…」


カイルが呆然と仲間の名前を呼んだ。


しぃいんと、ひとときの静寂が当たりを支配する。


やがて…


「ギルドはミシェルさんの今の言葉を真実と判断し、『緋色の剣士』の2度目のクエスト失敗を記録します。これで、あと一度の失敗で『緋色の剣士』はSランクから降格となりました。ご留意ください。また、カイルさん個人に、虚偽報告のペナルティを貸したいと思います。次回のクエスト受注時の際に、金貨10枚を収めることをギルドとして命令します」


「…」


受付嬢ルーナの言葉に、カイルは目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。



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