第55話


『緋色の剣士』を抜け出し、他の街で新たな冒険者生活を始めることにした魔法使いのミシェルは、カイルとは反対方向の街へ、馬車で向かっていた。


「まさかカイルがあんなに役立たずだったとはね…Sランクの称号を失うのはちょっと痛手だけど…ま、いいわ。どのみちあのパーティーはもうだめね。さっさと見切りをつけて次に行くのが賢いものの選択ってやつだわ」


ミシェルはあれほどの失敗を繰り返してなお、自らの実力をさほど疑っていなかった。


魔法がなかなかうまくいかないのも、たまたま調子が悪かっただけだと解釈した。


そして、クエストを三度も失敗したのは、アルトを追放したのが原因ではなく、カイルが弱すぎたからだと理解していた。


「私ならまたすぐにSランクに上がれるでしょう。そうねぇ、次の街に着いたら、早速Sランクパーティーに交渉してみようかしら。きっとすぐにパーティーの一員として受け入れてくれるに違いないわ」


彼女はいまだに自分にはSランク冒険者相当の実力があると信じて疑っていなかった。


次の街に着けば、すぐにでも高ランクパーティーの一員として迎え入れられるだろうという絵空事を頭の中で描いていた。


「いやー、それにしても光栄ですよ。まさかSランクの冒険者を乗せることになろうとは」


不意に手綱を握った御者が話しかけてきた。


「護衛代も浮いたし、大助かりです。ありがとうございます」


御者はホクホク顔だ。


ミシェルの存在のおかげで護衛代にかかるはずだったお金を使用せずに済んだからだ。


御者は普通、長距離の移動の際には冒険者の護衛を雇う。


そうすることで、モンスターや盗賊に襲われるなど、万一の時のための保険をかけるのだ。


しかし、今回はミシェルが自ら、自分が護衛を努めるから隣町までタダで乗せて欲しいと提案してきたために、護衛代を節約した。


御者は、ミシェルの見せたSランクのバッチを見て、彼女のことを完全に信用した。


そのバッチは、すでに『緋色の剣士』が降格したために失効し、返納しなければならないものだとも知らずに。


「何があってもこの馬車は私が守ってあげるから。安心しなさい」


「ええ。大船に乗った気分ですよ」


馬車は草原地帯を軽快に進んでいく。


そして、ついに隣町を目前にしたところで、御者は、後方からこちらに向かってくるいくつかの影に気づく。


「まずい!!ハイウルフだ!!」


御者が悲鳴のような声をあげる。


背後から迫ってくる白い毛並みのモンスターはハイウルフと言って、草原地帯によく出現する、御者にとっては天敵とも言える存在だった。


その足は、どんな馬車よりも早く、距離が空いていても追いつかれ、襲われてしまう。


「10匹はいるぞ…!この距離では、追いつかれてしまう…!」


「はぁ…何を焦っているの?私が乗っていることを忘れていない?」


「そ、そうでした!お願いします!ミシェルさん!!」


御者はミシェルが乗っていることを思い出し、ホッと安堵する。


Sランク冒険者なら、ハイウルフを倒すことなど造作もないだろう。


「蹴散らしてあげるわ」


ミシェルは得意げにハイウルフを見据えて、魔法の構えをとる。


「死になさい」


高速で向かってくるハイウルフに向かって魔力弾を放った。


バァン!


『ガルルルル…』


「あれっ!?」


ミシェルが素っ頓狂な声を上げた。


魔力弾が正面から命中したのにも関わらず、ハイウルフに傷らしい傷が見当たらないからだ。


いつもならば、あの程度のモンスター、一発で肉塊に変えることが出来るのに。


「み、ミシェルさん…?」


御者が不安そうに名前を呼んでくる。


「あ、安心しなさい。今のは試し打ちよ。いつのもルーティーン。ここからが本番なんだから」


「そ、そうですよね!失礼しました!!」


御者が額の汗を拭い、ミシェルはごくりと唾を飲んだ。


先ほどよりもさらに魔力を込めて、魔力弾を放つ。


ドガガガガ!!!


『ガルルルル!!!』


『ガウガウ!!』


「なんで!?」


先ほどよりも大量の魔力を使った魔力弾は、全弾ハイウルフに命中した。


だが、今度も、ハイウルフに有効なダメージを与えることは叶わない。


馬車のハイウルフの距離はどんどん縮まっていく。


「み、ミシェル様!?」


御者が悲鳴のような声をあげる。


ミシェルは何が何だかわからなかった。 


「な、なんで…!?いつもだったら倒せるのに…おかしい…こんなのおかしい…!」


「…っ」


本気で焦るミシェルを見て、御者は自分が騙されたことを知った。


ハイウルフすら倒せない冒険者が最高のSランクであるはずがない。


きっと馬車代をケチりたくて、その場しのぎの嘘をついたのだろう。


乗車の際に見せてきたバッヂもきっと偽物だ。


「こ、この役立たず!!」


「あっ!!」


キれた御者が、ミシェルを馬車から叩き落とした。


重要な荷物を積んだこの馬車が襲われるぐらいなら、この嘘つき女を囮にして逃げた方がいいと判断したのだ。


「あだっ!?うぐっ!?」


馬車から振り落とされたミシェルは地面を転がり、悲鳴をあげる。


「はっ、ざまぁみろ!!嘘つきめ。自業自得だ!!」


馬車はミシェルに構うことなく、どんどん遠ざかっていく。


「あ…待って…」


ミシェルはそんな馬車の背中を、ぼんやりと見つめる。


『ガルルルル…』


『グルルルル…』


「ひっ!?」


だが、すぐに聞こえてきた唸り声で現実に引き戻される。


いつの間にか彼女は、四方をハイウルフに囲まれていた。


ハイウルフたちは、牙を剥き出し、涎を垂らしながら、ミシェルに近づいていく。


「いや…やめて…」


『ガルルルル…』


『ガウガウ!!』


『ガウウルルルルル!!!』


「いやああああああああああああ!!!!」


ミシェルの絶叫が草原に響き渡った。


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