第52話
『彗星の騎士団』のメンバーたちが、魔石を生み出す謎の少女を管理していくことに決めた一方その頃。
Sランクから降格し、街を逃げ出した『緋色の剣士』の元リーダーカイルは、長旅の末に離れたところにある別の街へと辿り着いていた。
「ここまでこれば俺を知っている奴もいないだろう…また一から始めればいいんだ…」
カイルは、前の街での失敗を綺麗さっぱり記憶から消し去り、この街で再び冒険者としてのし上がるつもりでいた。
この街と前の街はずいぶん距離が離れており、いくら元Sランクのカイルといえど、名前と顔の両方を知っている人物は限られていると言えた。
この街には、カイルの醜態を知っている者はいない。
また0からやり直すことが可能なのだ。
「今に見ていろ、アルトのクソ野郎。すぐにSランクになって、俺が正しかったことを証明してやる」
ぶつぶつとアルトに対する怨嗟の言葉を呟きながら、カイルはあちこちにある看板地図を参考に、この街の冒険者ギルドへと向かう。
「あぁ?」
「おぉ?」
「新入りかぁ?」
ギルドへ入ると、血気盛んな冒険者が睨みを効かせてきたが、カイルは取り合わなかった。
いちいち雑魚に構ってやる必要もないと思ったのだ。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
カイルの姿を認めた受付嬢が、丁寧に腰を折る。
カイルは横柄な態度で、カウンターに肘をつくと、受付嬢に言った。
「俺をAランク冒険者にしろ」
「は、はい…?」
一瞬受付嬢は時を止めた。
目の前の男が何を言ったのか、すぐには理解できなかったからだ。
「あの、すみません。今なんと…?」
「聞こえなかったのか?俺をAランク冒険者にしろと言ったんだ」
「…」
聞き違いではなかった。
受付嬢はそのことが驚愕で、またしても数秒間動きを止めてしまう。
この人は酔っているのだろうか。
そう思ったが、別段酒臭いと言うことはないし、飲んでいるわけではなさそうだった。
「あの…申し訳ありませんが、当ギルドにお越しいただくのは初めてですよね?」
「そうだが?」
「でしたら、Dランクから始めてもらうことになるのですが…」
「はぁ?俺がDランクからだと?馬鹿も休み休み言え」
「…」
それはこっちのセリフだと言いかけた受付嬢は、なんとか思いとどまった。
「いえ…そのですね…いきなりAランクから冒険者を始めるなんてことはできません。新規登録の冒険者はDランクからのスタートです。規則ですので」
「知ったことか。俺は前のギルドではSランク冒険者だったんだ。今街でもSランクになる資格が十分にある。だが、いきなり街のトップに君臨しても示しがつかないだろうから、わざわざAランクから始めてやると言っているんだ。感謝しろ」
「…」
受付嬢は絶句してしまった。
目の前の男の言葉に、まるで筋が通っていなかったからだ。
まさかこの男、禁じられた魔法薬物でもやっているのだろうか。
自分のことを元Sランクと言っていたが、この男からは『強者に独特の存在感』がまるで感じられない。
せいぜいBランク程度の実力だろう。
ハッタリなのはすぐに見抜ける。
「いえ…申し訳ありませんが、当ギルドで冒険者になるならDランクからのスタートになります。これは絶対のルールで…」
「ちっ…」
カイルは舌打ちをした。
体の内側からムラムラと苛立ちが湧き起こってくる。
と、その時だった。
「おい、なんの騒ぎだ」
受付嬢の背後から、青い髪の長身の美女がやってきた。
「イリスさん!」
受付嬢が助かった、と言うように美女を仰ぐ。
「アンナ。一体何事だ?」
イリスと呼ばれた長身の美女は、受付嬢…アンナとカイルを交互に見ながら首を傾げる。
受付嬢アンナが、先ほどまでのカイルとの会話を手短に説明する。
「ふむ…お前、前のギルドでSランク冒険者をやっていたそうだが、それは本当なのか?」
話を聞き終えたイリスは、訝しむようにカイルを眺めた。
「ああ。そうだ」
「ふむ…その割には、あまり強者の雰囲気を感じないな」
「はっ。お前ごときに何がわかる」
カイルは鼻を鳴らした。
ギルドの職員ごときに、自分の強さを感じ取れる能力などないとたかを括っているのだ。
だが、のちに彼は知ることになる。
目の前の美女は、実は元Sランク冒険者であり、このギルドの長をしている有名人であると。
「面白い男だ。まぁ、お前の話はひとまず信じてやるとしよう。しかし、いくら元Sランクといえど、無条件にAランクから始めさせるわけにはいかない。そうだな。近くに訓練場があるから、そこで私と勝負をしろ。私がお前の実力を試す。こうみえても昔は結構名のある冒険者だった。今はこのギルドの長を務めている。私に勝てば、お前の要求を飲もう」
ニヤリと笑いながら言うイリス。
ギルド長としての事務作業に飽きていた彼女は、腕を振るう機会に飢えていた。
「はっ。お前ごときに俺を試せるとは思えないが…まあいい。実力を示した方がわかりやすいのは確かだな」
カイルは自信満々に、イリスの提案を飲む。
そうして、イリスとカイルは、訓練場で一戦を交えることになったのだった。
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