第53話

ギルド長のイリスとカイルは模擬戦をすることになった。


二人は、ギルド本部に併設されている訓練場へとやってきていた。


「さて、始めようか。武器を」


イリスが指示を出すと、間も無く、剣や斧、弓、槍といった各種武器が運ばれてくる。


どれも当たっても怪我のないような加工が施された、模擬戦用の武器だった。


「好きなものを選べ」


「はっ。お前ごときを倒すのに武器など必要ないが…まぁ余興だと思って付き合ってやろう」


「くふふ。威勢だけはいいようだな」


カイルは特に迷うことなく手頃なサイズの片手剣を手に取る。


いつも彼が使っている武器からしたらずいぶん小ぶりなものだったが、カイルはイリスを倒すのにはこの程度で十分だと考えていた。


「私はこんなものでいいかな」


イリスも武器を選んで手に取った。


「は…?」


カイルの口から思わずそんな声が漏れる。


なぜならイリスが選んだのは、料理に使う程度の小さな短剣だったからだ。


カイルが選んだ片手剣に比べ、リーチも遥かに短い。


「なんの真似だ?」


「せめてこれくらいのハンデはやらないと、勝負にすらならないからな」


「…っ」


カイルのこめかみがひくつく。


イリスに殴りかかりたい衝動に駆られるが、なんとか来られる。


自分を舐め腐った代償は、模擬戦で払わせればいい。


カイルはそう考えたのだった。


「では、いざ真剣に」


間も無く、訓練場の真ん中で、二人はそれぞれの武器を構えて向かい合った。


「…」


「…」


互いに睨み合う。


少しの間、静寂が周囲を支配した。


「おい、どうした。来ないのか?」


痺れを切らしたカイルが口を開く。


イリスは余裕の笑みを浮かべながら言った。


「先手は譲ってやる。出ないとすぐに終わってしまうからな」


「殺す」


カイルの堪忍袋の尾が切れた。


ぐっと大きく踏み込み、イリスに向かって本気の攻撃を繰り出す。


手加減なしの、全力の一撃。


カイルの計算では、この一撃でイリスは吹き飛び、戦闘不能になるほどの怪我を負うはずだった。


しかし。


ガキィ!!!


「…っ!?」


鋭い音がなって、火花が散った。


カイルは目を見開く。


イリスが短剣でカイルの攻撃を受け止めていたからだ。


「な、なぜ…?」


カイルはつぶやいて後ずさる。


自分の全力の一撃が、こうも簡単に相殺されてしまったことに、カイルは驚きを隠せない。


彼の見込みでは、イリスは自分の攻撃を視認することすらできずに倒されるはずだった。


「ん?どうした?もっと力強く打ってこい。この程度では話にならんぞ」


正真正銘、カイルの全力の一撃を受けたイリスはあまりの攻撃の軽さに困惑していた。


ああまで豪語していた割に、攻撃が非常にしょぼいので、イリスはカイルが手加減していると勘違いした。


「偶然だ…!偶然に決まってる!うおおおおおおおおおおお!!!」


雄叫びをあげ、カイルが連撃を放つ。


ガキキキキキ!!!


「…っ!!な、ぜだ…!!」


一撃一撃がイリスを吹き飛ばすほどの威力があるはずなのに、全てが簡単に受け止められてしまう。


しかもイリスの表情には余裕が溢れており、動きも最小限だ。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


やがて息をきらしたカイルが攻撃を止める。


イリスがおかしいというように首をかしげた。


「まさかとは思うが、これで終わりか?」


イリスにもようやく、カイルが本気を出しているらしいということがわかった。


そして一気に落胆した。


弱すぎる。


書類仕事に飽きて、気分転換でお遊びに付き合ってやろうと思っていたのに、これでは息抜きにすらならない。


「はぁ…がっかりだ。あれだけ豪語したのだから、もう少しやると思ったのだが…ふむ、実力はせいぜいBランクといったところか」


「…っ」


「まだやるか?それとも諦めるか?どちらでもいいぞ?」


「くそがあああああああ!!!」


「おおっと」


カイルが絶叫し、イリスに突進する。


イリスはすっと身をかわしてカイルの突撃を避け、すれ違いざまに腹部に拳を打ち込んだ。


「ごふっ!?」


「ん?ちょっと強すぎたか?」


「…」


どさっとカイルの体が倒れ、白目を剥いて痙攣する。


「ふむ…久々で手加減の仕方が分からなかったな…」


ギルド長イリスの一撃で、カイルは情けなくも気絶してしまった。


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