第16話
アルトが『彗星の騎士団』の一員として迎え入れられた一日前。
Aランククエストに失敗し、大きく信用を損ねたSランクパーティー『緋色の騎士団』は、信用を回復するために森の中でSランククエストに挑んでいた。
クエストの内容は、リザードマン十体の討伐。
リザードマンは、体長2メートルほどの二足歩行のトカゲのモンスターであり、非常に素早い動きで冒険者を翻弄する。
またその体液は、鉄製の防具を溶かすほどに強い酸性を示し、唾液などを飛ばしてくる攻撃にも注意が必要である。
そんなモンスターに…ミノタウロスに敗れたカイルたちは挑もうとしていた。
「…っ」
カイル、ミシェル、アンリの3人は、リザードマンの生息する森の中を慎重に進んでいく。
側から見れば、非常に無謀な挑戦。
Aランクのミノタウロスに歯が立たなかった彼らが、Sランクのリザードマンに勝てる道理などないのだが、彼らはいまだ自分の実力を信じて疑っていなかった。
前回の失敗は何かの間違い。
自分たちが戦ったのはミノタウロスではなく、ミノタウロスに酷似した新種のモンスターであると本気で信じ込んでいるのだった。
『シュルルルルル…』
不意に、リザードマンの舌が出す音が彼らの耳朶を打った。
同時に、前方の茂みから1匹のリザードマンが現れた。
「気をつけろ。武装しているぞ」
前衛のカイルが剣を構え、リザードマンと対峙する。
リザードマンは…その緑色の甲皮を殺した冒険者から奪ったのであろう防具で包んでいた。
また手には錆びた剣を握っている。
このように、知能を持った高ランクのモンスターは、殺した冒険者から装備を奪い、先頭に利用することが多々ある。
「気をつけなさいよカイル…前回みたいなおふざけはなしよ」
ミシェルがカイルに釘を刺す。
「うん…今回は…真剣に戦って…そうすれば、必ず…勝てる…」
アンリも、ミシェルに同調する。
「わかってるってのっ!」
カイルが声を荒げる。
『シュルルルル…』
リザードマンは、3人のやりとりを見ているだけで、特に動きを見せていない。
赤く光る瞳で、じっと3人を観察していた。
「来ないなら…俺から行くぜっ!」
痺れを切らしたカイルが、自ら突っ込んでく。
肉薄し、横薙ぎの一閃。
スカッ。
『シュルルルル…』
「…っ」
カイルは驚愕する。
確かに捉えた。
そう思ったのだが、次の瞬間、リザードマンが嘘のように目の前から消失したのだ。
「カイルっ!背後っ!!!」
ミシェルの悲鳴のような声が聞こえる。
直後、衝撃。
ボゴッ!
「がはっ!?」
いつの間にか背後に移動していたリザードマンの蹴りをもろにくらったカイルは、吹き飛ばされ、近くの大木に激突する。
「ぶへっ」
肺の空気が一気に押し出され、口から血を流す。
『シュルルルルル…』
リザードマンが、その細い首を可笑しそうに傾げた。
口元が、ニヤリと歪められる。
なんだ、この程度か?
カイルにはそう言っているように見えた。
「なん、だ…これ…」
カイルは混乱していた。
いくらリザードマンがSランクとはいえ、一撃でここまでのダメージを喰らうことなんて考えられない。
なぜ自分が、たった一撃でほぼ戦闘不能の傷を負ったのか。
彼の頭の中では説明が不可能だった。
「ヒールッ!」
ミシェルが叫んだ。
カイルの体が光に包まれる。
回復魔法。
これで傷は完治するはず。
先ほどの一撃は何かの間違いだった。
今度こそ、仕留める。
「ん…?」
カイルは首を傾げる。
自分の体が、全然回復しきっていないからだ。
いつものミシェルのヒールであれば、たとえ致命傷であれど一瞬で癒える。
だが、今はどうだ。
回復魔法が完全に発動した後だというのに、傷は2割程度しか治っていない。
「ミシェル…てめっ…ふざけ、てんのかっ…」
カイルはミシェルが力をセーブしているのだと思った。
この後に及んで、また前回のようにふざけているのかと思った。
一方で、ミシェルもまた混乱状態にあった。
「ど、どうして!?またなの!?なんで治らないのっ!?」
カイルの傷を一発で回復させるべく、全力で回復魔法を放ったのだが、カイルは立ち上がらない。
傷が癒えきっていないのだ。
普段であれば、致命傷でも一瞬で直せるのに。
回復魔法に絶対の自信を持っていたミシェルは、目の前の現実を受け入れたくないというように、首をブンブンと振った。
そうこうしているうちに、手負のカイルにリザードマンが近づいていく。
「させないっ!」
アンリが飛び出した。
細剣を抜き放ち、リザードマンに斬りかかる。
ヒュババババッ!!
『シュルルルルル…』
「…っ!?」
アンリは大きく目を見開いた。
全ての攻撃が、リザードマンに躱されてしまったからだ。
「うそ…なんで…?」
今までどんなに素早いモンスターでも、彼女の剣を避けたことなどなかった。
故にアンリは速さという点で自分に勝る冒険者あるいはモンスターはいないという自負があった。
しかし、そんな自信は簡単に崩れ去った。
「このっ…!」
何かの間違いだ、というようにアンリはもう一度細剣を振るが、今度もことごとくリザードマンに躱されてしまう。
『シュルルル…』
「あっ…あ…」
リザードマンがゆっくりと近づいてきた。
勝てない。
アンリは本能的にそう理解し、一歩ずつ後ずさった。
ヒュッ!
「…っ!!」
不意にリザードマンの腕がブレた。
寸でのところで、アンリは上段から迫っていたリザードマンの剣を受け止める。
ギリリリリ…
「お、重い…っ」
ジリジリとアンリは押されて、リザードマンの剣の刃が、額に迫ってくる。
「か、いる…手を貸して…」
仲間に助けを求めるが、カイルはいまだ倒れたままだ。
アンリは歯を食いしばってリザードマンの剣を受け止め続ける。
と、その時だ。
『フシュッ!』
リザードマンが口から何かを吐き出した。
温かい感触が、腕に伝わる。
直後。
「ああああああああああああっ!?」
アンリは絶叫する。
リザードマンの吐いた唾液によって、自らの腕が溶けていくからだった。
「いぎいぃいいいいいいいいいい!!!」
脳を蹂躙する痛みに、アンリは膝をつき白目を剥く。
やがてボトッと、剣を握ったままの彼女の右腕は半ばから溶けて地面に落ちた。
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