第26話

 大学の先輩と仲良くするコツ。

 一つ挙げるなら、共通の趣味を見つけるのが手っ取り早い。


「とうとうヨミ姫の3点セットを買っちゃったよ」


 とある先輩が誇らしそうにいう。


 3点の内訳は、アクリルキーホルダー、タペストリー、マウスパッド。

 送料込みで1万円ちょっとしたそうだ。


「なんだよ? 物欲に負けちゃったのかよ?」

「スパチャで5,000円投げるとか、俺には無理だから。やっぱり、手元に残るのもが欲しいな」

「バカだな〜。バーチャルな存在なんだぞ。グッズを集めまくったら、これまでのアイドルと変わらないじゃないか。記憶ってやつが、この世で一番の宝物なんだよ」

「いや〜、その境地は無理だわ〜」


 ここは価値観が分かれるところだ。


 タツキも一切のグッズは所有していない。

 それはナギサがグッズを販売していないから。

 裏を返すと、グッズを販売しなくても、活動を続けられる収益は得ている。


 とはいえ、知名度がアップしてきたのも事実。

 事務所の方から『そろそろナギサさんも、オリジナルグッズを売りませんか?』という話があっても不思議はない。


 出たら買うか?

 たぶん、買うだろう。

 売れ行きが思わしくない……、という話になったら、ナギサが可哀想という気がする。


 とはいえ、先輩のいっていた、

『グッズを集めまくったら、これまでのアイドルと変わらないじゃないか』

 この意見にも一理ある気がする。


「ちなみに先輩って、昔は大量のCDを買ったという話でしたよね? 最終的にどう処分したのですか?」


 タツキが質問すると、先輩はメガネをくいっと持ち上げた。


「ファンを引退した日に全部捨てた。気持ちとしては……そうだな……。トレーディングカードにはまった経験、あるか? 一時期は熱中しまくって、寝ても覚めてもデッキ構築のことばかり考えていたけれども、飽きたら単なる紙切れに見えちゃうだろう。それに近い。今までありがとう、という気持ちでゴミに出したよ」


 要するに選択肢だ、とこの先輩はいう。

 グッズを大量に買って、全部捨てて、という経験がある人にとって、


『何も残らないスパチャ』


 という選択肢はありがたいらしい。

 タツキがその境地を理解できるのは、数年先になりそうだ。


「しかし、ニコちゃんも、ヨミ姫も、すっかり人気になってしまった。それ自体は嬉しいんだけれども、デビュー当時を知る者としては……」

「ちょっと距離を感じるってやつだろう?」

「そうそう、それ」


 昔はチャンネル登録者数1,000人突破記念の配信をやっていた、という話を聞いて、タツキは驚いた。


 それから収益化記念の配信があって、2,000人突破記念の配信があって……。


 今では考えられない。

 大きい事務所のVTuberは、5万人とか、10万人とか、あっという間に突破する。

 たとえるなら、高速道路を走っているみたいに。


「こんなこといったら、懐古厨かいこちゅうと笑われるかも知れんが、昔の方がアットホームな空気があったかな。最近デビューする子って、本当にアイドルみたいだろう。歌が上手くて、ダンスもキレッキレで、声優としての訓練も積んでいて……。まあ、何百倍という倍率のオーディションを勝ち抜いたから、当然かもしれんが」


 周りの同志たちが、うんうんと賛同している。


「ニコちゃんさ〜、ぶっちゃけ歌は得意じゃないというか、歌手向きの声質じゃないんだよね。それでも、誕生日ライブで歌ったり、オリジナル曲出したり……。俺さ〜、ある日、質問したんだよね。失礼と知りつつ。なんで厳しいボイトレ積んでまでして、歌うんですか〜? ゲームと雑談オンリーで良くないですか〜? と」


 そして返ってきた回答というのが……。


『私はクソ音痴おんちでいいんだよ』

『こんな私でも人前で精一杯歌ったらさ〜』

『後輩たちが、救われるというか、歌いやすくなるよね』

『だって彼女ら、私の10倍くらい才能あるからさ』

『才能のない人は前のめりに生きないと』

『じゃないと、秒で置いていかれる』


「その回答耳にした瞬間、ぶわ〜〜〜って涙が出てきて! パソコンの前でマジ泣きしたよ! 1時間くらい涙が止まらなくてさ! 自分は音痴って分かっていて、それを全面に押し出す男気よ! やべぇ、この人のこと、最後まで応援しようって思ったもん! 後輩とか事務所とかVTuber業界のことまで考えているニコちゃん、マジかっけえ! みたいな」


 先輩はメガネを外して手でゴシゴシした。

 タツキは慌ててテッシュを差し出す。


「わりぃ……思い出したら泣けてきた……バーチャル世界なのに、青春してるっていう、そのギャップに感動しちゃったわけ」


 VTuberの魅力の奥深さというやつを垣間見かいまみた気がした。

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