第43話

 3月14日。

 タツキはスタンドミラーの前で、自分の全身をくまなくチェックしていた。


 上は一張羅いっちょうらのジャケット。

 下はチェック柄のパンツ。

 左腕にはブランド物の腕時計をつけている。


 腕時計は、タツキが大学入学するとき、両親がプレゼントしてくれた。


『有名なブランドのやつだ。これなら社会人になっても身につけられるだろう』


 父はそういって腕に巻いてくれた。


『もし彼女ができて、デートすることが決まったら、これを持っていきなさい』


 母は期待の言葉をかけてくれたけれども、非常に残念なことに、時計は1年間箱に入りっぱなしだった。


 それを開封した。

 秒針が嬉しそうに時間を刻んでいる。


 お父さん、お母さん。

 大学の合格祝いでもらったプレゼント。

 いよいよ出番がやってきました、と胸の中で思う。


 机の上には真新しい免許証が置いてある。

 昨日の朝、運転免許センターへいって、なんとか一発で合格できた。

 この春の目標が一つ、クリアできたのである。


 そしてもう一つの目標……。


 タツキは携帯を手に取った。

 日課となっている涼風ナギサのSNSをチェックする。


『本日の夜9時から後輩の乙葉ユメミちゃんとコラボ配信をやります!』

『全国のにぃに、ねぇね、寄ってらっしゃいなぎ〜!』


 更新されたのは7分前。

 これを妹が投稿して、全国のリスナーが閲覧えつらんしているのかと思うと、感慨深いものがある。


 ユズキはまだ知らない。

 タツキが涼風ナギサの大ファンであること。

 その中身がユズキだと気づいていること。


『ユズキがVTuberになった理由、気にならないの?』


 例の荷物が届いた日、母はそういった。

 タツキが関係していると暗示するような口ぶりだった。


 もしかして、ユズキは……。

 いや、深く考えるのはやめよう。


 タツキから告白する。

 それだけの話じゃないか。


 パチパチと二度頬っぺたを叩いてから、カバンに荷物を詰めていく。


 財布、免許証、あとプレゼント。

 ホワイトデーと大学合格の2つある。


 リビングへ向かおうとしたら、洗面所のところにユズキがいて、熱心にメイクしていた。


 胸がドキッとなる。

 とても色っぽい、一気に大人の女性になったみたい。


 失礼な言い方をすると、家にいる時のユズキは、まだ高校生に片足を突っ込んでいるような、幼気いたいけなオーラをまとっていた。


 今日はそれがない。

 大学のキャンパスを歩けば、間違いなく人目を引くような、女性としての自信と美しさがにじみ出ている。


「あ、お兄ちゃん」


 鏡の中のユズキと目が合った。


「俺はもう準備ができた」

「なんか見られていると恥ずかしいな」

「すまない」


 タツキは視線をそらしておく。


別嬪べっぴんさんがいると思ってな。つい……」

「え〜、なにそれ〜、妹に向かって別嬪さんとか〜」


 ユズキは口紅のキャップを閉めたあと、ぺろりと唇を湿らせた。


「そういう言葉は彼女さんに伝えなよ」

「あいにく彼女とかいないんだよな」

「それって好きな人がいないってこと?」

「どうだろう……」


 照れを隠すため、タツキは汗ばんだ手をポケットに差し込む。


「気になる人ならいるかも。でも、好きって感情で片付けていいのか、迷っている」

「だったら、早くアプローチしたらいいのに。お相手さんもお兄ちゃんのことが好きかもよ」

「そういうことってあるのかな?」

「あるよ、きっと」


 ユズキが洗面所から出てきて、くるりと一回転する。


「今日の服装、どうかな?」


 タツキの感想を求めてくる。


「ああ、とても似合っていると思うぞ」


 平静を装ってみたが、心臓はドキドキしていた。


 ユズキのファッションは、淡いブルーのハイネックに、フェミニンな花柄スカート。


 よく知っている。

 涼風ナギサの初期衣装だ。


 その後、季節の衣装がたくさん出てきて、このファッションを採用する回数は減ってしまったが、古参ファンとしては一番思い入れがあるスタイルといえる。


 いわば涼風ナギサの原点。

 それをユズキが再現してくるなんて。

 リスナーには刺激が強すぎる。


「それじゃ、いこっか、お兄ちゃん」

「そうだな」


 玄関のドアを開けると、優しい風の中に、なつかしい土の匂いを感じた。




《作者コメント:2021/04/29》

明日の更新はお休みします。

次回は5月1日を予定しています。

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