第44話

 車がゆるやかなカーブを抜けていく。

 ひらけた山道の向こうに、タツキたちの街が一望できた。


 電車が走っている高架。

 この街で一番高い商業ビル。

 高校のグラウンド、練習するサッカー部員たち。

 それらがミニチュアのようにポンポンと配置されている。


「うわぁ〜、きれい」


 涼風ナギサ似のファッションをしたユズキの口から感嘆かんたんの声がもれる。


「今日は晴れているから遠くまで見えるな」


 タツキは前を見ながらハンドルを切る。


 不思議なものだ。

 画面から抜けてきたVTuberとドライブしているみたい。


 実はこのルート、自動車学校の山道教習があり、その時に通っている道なのだ。

 さらに昨日、免許をもらったあと、父を助手席に乗せて、レクチャーしてもらいながら下見しておいた。


 これが3回目。

 知っている道だとスムーズに走れる。


 向こうから大型トラックがやってきた。

 タツキは路側帯に寄って、対向車をやり過ごす。


 若いドライバーが、あざっす! と手を振ってきた。

 タツキからも手を振り返しておく。


「すごい! すごい! お兄ちゃん、本当に運転できるんだ! なんかプロみたい!」


 ユズキは手を鳴らしながら褒めてくれる。


「大げさだな、ユズキは」


 嬉しさが半分くらい、気恥ずかしさが半分くらい。

 足元の方がムズムズしてくる。


「ユズキも将来、自動車の免許を取れるかな?」

「取れるさ。安心しろ。大学の受験に比べたら、ずっと簡単だ」

「その時はお兄ちゃんに教えてもらおっと」


 ユズキは変わった。

 受験が終わって明るくなった。

 でも、理由はそれだけじゃない気がする。


 カエデが青々と茂っているトンネル道を抜ける。

 秋になったら紅葉が一面に燃えているはず。


 高台の駐車場のところでタツキはブレーキを踏んだ。


 ドライブの目的地、市営の運動公園へやってきた。

 アスレチックや、キャンプ場や、釣りを楽しめる池があり、昔はよく家族4人で遊びにきた場所だ。


「なつかし〜。あれ、こんなに小さかったっけ?」


 ユズキがシートベルトを外しながらいう。


「公園が小さいんじゃない。俺たちが大きくなったんだ」


 ピクニックを楽しんでいる家族連れの姿が目についた。

 タツキたちはフレッシュな空気で深呼吸してから、ウォーキングコースを歩いていく。


 きれいなピンク色の花が咲いていた。

 いまは3月だから梅。


 ユズキが鼻を近づけてクンクンする。

 タツキも真似してみると、ジャスミン茶とか中国茶のような、奥ゆきのある香りがした。


「最後に遊びにきたの、何年前だっけ?」

「俺たちが中学に入って1回きたかな」

「ふ〜ん……そうなんだ」


 中学、高校と進学するにつれて、兄妹の仲はちょっとずつ遠ざかっていった。


 別々の学校へ進んだせいだ。

 友だちと疎遠そえんになるパターンと似ている。


 小学生のときは一緒に修学旅行にいったのに。

 中学のときは、タツキが東京で、ユズキが京都だった。

 高校のときは、タツキが北海道で、ユズキが沖縄。


 そういや、家族旅行の回数も減ったな。

 毎年どこかで一泊二日していたのに、中学になると日帰りの旅行しかやらなくなった。


 決して仲が悪くなったわけじゃない。

 大人になるのは、歳を取るのは、そういうことだと納得していた。


「ここの運動公園、お父さんとお母さんは時々遊びにくるらしい。紅葉の季節とか、桜の季節とか」

「へぇ〜、ユズキたちも誘ってくれたらよかったのに」

「アウトドアに興味がないと思われているかもな」


 途中、バラの植えられた庭園エリアがあった。

 初夏になれば色とりどりのバラが咲き誇るのだろう。


「ユズキたちのミニバラも咲くかな?」

「ちゃんと成長している。ゴールデンウィークくらいには咲くさ」


 あとで調べて分かったのだが、タツキたちが買ってきたミニバラは、害虫に強くて枯れにくい品種らしい。


 咲くのは4月下旬から5月上旬くらい。

 その頃にはユズキも大学生活に馴染んでいるはず。


 アスレチックのコースについた。

 丸太の平均台とか、タイヤのトンネルとか、ロング滑り台とか、なつかしい遊具が並んでいる。


 ユズキがクモの巣のようなロープに取りついた。

 落ちずに最後まで渡っていくやつ。

 一番高いところで3mくらいあるから、小さいころは怖くて冷や冷やしたものだ。


「動きにくい服装だろう。無理はするなよ」

「大丈夫です、このくらい。ユズキも成長したのです」


 結果として、ユズキの服装はあだとなった。


 思いっきり春風が吹いたのである。

 花柄スカートが見事にめくれて、その中身が丸見えになってしまう。

 風妖精シルフのいたずらみたいに。


 タツキはばっちり目撃してしまった。

 ローアングルからの数秒、この光景は眼福がんぷくってレベルじゃない。


「あっ! 見たでしょう!」

「仕方ない。不可抗力なんだ」

「もうっ!」

「真っ白だった。恥ずかしいことじゃない」

「このっ!」


 地上に生還してきたユズキにポコポコと殴られる。


「すまん、許せ」

「うぅ〜〜〜〜〜〜」


 むくれ顔のユズキを見ていると、古い記憶が泉のように湧いてくる。

 理由は忘れてしまったが、10年くらい前も、このアスレチック広場でケンカしたな、と。


「お兄ちゃんの変態」

「どうしてそうなる?」

「妹に興味を持つ人は変態なんだよ」

「そうなのか。それは困ったな」


 タツキはおどけたように首を振る。


「俺は死ぬまで変態かもしれない」

「あっはっは! 何それ! せめて否定しなよ!」


 ユズキが楽しそうなら、それが一番だと思った。

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