第45話

 2人きりで過ごす水入らずの時間は、1秒1秒が宝石みたいに輝いていた。


 お昼ご飯はサンドイッチ。

 この日のために母が早起きして、食べ切れないくらい持たせてくれた。


 陽だまりにレジャーシートを広げる。

 兄妹でピクニックなんて、もしかしたら初めてかもしれない。


 春告鳥はるつげどりの異名を持つウグイスのケキョケキョという鳴き声が、時間の流れをゆっくりに感じさせてくれる。

 周りに人がいないから、この世界でユズキと2人きりになった気分だ。


「はい、お手拭き」

「ありがとう」


 ランチボックスを開けて、いざ実食。

 結論からいうと、サンドイッチはどれもおいしかった。


 王道のハムとレタス。

 シャキシャキした食感は何歳になっても飽きない。


 タツキがリクエストしておいたツナマヨ。

 おにぎりの定番具材だが、サンドイッチにしてもおいしい。


 ユズキが大好きなのは、小さいエビにマヨネーズをからめてレタスと一緒にサンドしたやつ。

 母が腕によりをかけた一品に舌鼓したつづみをうっている。


「おいし〜」

「だよな」


 他にもハムカツサンドや焼きそばサンドがあった。

 味のバリエーションに富んでいるから、いくらでも食べられる。


 水筒につめて持ってきたのは、ホカホカの紅茶。


 おいしい。

 味はいつもの紅茶だが、景気がきれいだと別格である。


「ねえねえ、小学校の運動会を覚えている?」

「サンドイッチを食べたな。お母さんが持ってきてくれたやつ」

「そうそう。この味は10年前のままだよ」

「そうかな?」

「うん、少しも変わらない」


 10年前の味付けなんて、タツキは覚えていない。

 ユズキが断言するから、そうなんだろうな、とは思う。


「お兄ちゃん、駆けっこ速かったよね」

「まあな。昔から鬼ごっことか好きだったからな」

「ユズキはビリかその手前だったな〜。自分の駆けっこより、お兄ちゃんの駆けっこを応援するのが好きだった」


 ユズキはよく記憶している。

 3年生のときは◯◯で、4年生のときは◯◯で、5年生のときは◯◯で……という話を聞いているうちに、当時の暑さとか熱気のようなものが克明に蘇ってきた。


 なるほど。

 ユズキは過去の時間を大切に思っているのか。


 タツキは忘却していた。

 とても罰当たりなことをした気分になる。


「小学校のシステムで気に入らなかったのはね……」


 クラス替えのルール。

 双子とか、従兄妹とか、身内だと同じクラスになれない、という隠れた規則。


「1回くらいお兄ちゃんと同じクラスが良かったな」

「たしかに、6年間別々だったよな」


 血縁者のクラスを分けられる理由はよく知らない。

 つながりが強い者同士で群れて、友だちの輪が広がりにくいから、といわれる。


「なんか強制的に引き裂かれている感じで嫌だった」

「仕方のないことだろう」

「でも、私の知らないところで、お兄ちゃんがどうやって過ごしているのか気になった」


 ユズキがいじけたように下を向く。

 カールしたまつ毛の長さにドキッとする。


 気になっていたのはタツキも一緒だ。


 ユズキが友だちと何について話すのか?

 周りの男子からバカにされたりしないか?


 そして何より……。

 タツキのことを、どんな風に話しているのか?


 同学年の兄妹というのは、どうしても注目を集めてしまう。


 近くて遠い。

 妹だけど妹じゃない。


 タツキの友人はよく、


『妹だけ漫画とか洋服とか買ってもらえてウゼー』


 と愚痴ぐちをこぼしていた。


『神宮だってそう思うだろう?』


 妹の何がウザいのか、少しも共感できないことに、タツキは少なくない戸惑いを覚えていた。


 きっとユズキも……。

 似たような話を聞かされるのだろう。


『うちのお兄ちゃんが反抗期で暴れてウザい』


 その時、ユズキは何を思うのか。

 居心地の悪さのようなものを感じていなかったか。


「あのね……お兄ちゃん!」


 ユズキの声がタツキの意識を現実へと引き戻す。


「その……」


 さっきまでと様子が違う。

 頬っぺたが赤くなっている。

 これから大切な何かを打ち明けるみたいに。


「どうした?」

「え〜と……」


 ユズキはピンと姿勢を正した。

 何かをいいかけて、口をモゴモゴさせている。


「俺にいっておきたいことがあるのか?」

「そう……なのだけれども」


 心臓のドキドキが聞こえたような気がした。

 それくらいタツキとユズキの距離は近かった。


「どうしても伝えておきたいことがあって……ユズキの話、聞いてくれるかな?」

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