第42話

 身が引き締まるような冷たい風が、桜並木をカサカサと揺らしていた。


 いまは3月の上旬。

 これからの卒業・入学シーズンに向けて、桜のつぼみがエネルギーを蓄えている。


 タツキとユズキは大学のキャンパスへやってきた。

 受験の結果を見るためだ。


 遠くに住んでいる学生だったら、ネットでチェックするだろうが、電車で1時間くらいの距離なので、こうして現地へやってきたのである。


「はぁ〜、緊張するな〜」


 ユズキはさっきから同じセリフを繰り返している。

 不安そうな言葉とは裏腹に、表情にはやや余裕があり、本人も合格をほぼ確信しているのが伝わってきた。


 成長したな。

 1年前もこうして2人で結果を見にいった。

 あの日のユズキは最初から怯えていた。

 今年はそれがない。


 定刻になる。

 事務スタッフがやってきて、掲示板のところに合格発表の紙を張り出していく。


 わぁ〜っ! とか、きゃ〜っ! とか、花火のような歓声があちこちから聞こえた。

 手袋やマフラーが必須の季節なのに、そこだけ一足早い春になっている。


 入試の倍率はおよそ3倍。

 10人受けたら3人は受かっている計算だ。


 視界にはざっと200人くらい映っているのに、落ち込んで帰っていく人よりも、浮かれて写真を撮っていく人の方が多い。


 なるほど。

 自信があるのか。

 それで朝イチに確認しにきたらしい。


 ユズキの受験番号は末尾が『197』。

 2人で一緒に探した。


「181……184……189……190……195……」


 あった!

 末尾が197!


 やったな!

 そういって肩を叩いた。


 うん!

 ユズキの目にはうっすらと涙のまくが張っている。


 おめでとう、やったな、おめでとう!

 相変わらずの弱々ボキャブラリーだが、この圧倒的な福音ふくいんの前では、タツキの表現力なんて取るに足らない問題といえる。


「おめでとう!」

「バンザーイ! バンザーイ!」


 大合唱が聞こえた。

 振り返ってみるとアメフト部が合格者を胴上げしていた。


 なつかしい。

 去年も見たな。


「ユズキも胴上げしてもらうか?」

「いいよ! 恥ずかしいよ!」


 中には女子だけれども胴上げしてもらう猛者もさもいた。


「それより、キャンパスを案内してよ、タツキ先輩」

「そうだな。でも、その前にお父さんとお母さんに連絡しよう」

「うん!」


 ビデオ電話で母親を呼び出す。


「もしもし、お母さん、さっき見てきた。受かったよ」


 パチパチパチと拍手が返ってきた。

 おめでとう、来月から大学生ね、と。


 すると父親がフレームインしてきて、カニみたいに両手でピースしている。

 いぇい、いぇい! と。


 こんなに無邪気な父親、いつ以来だろう。

 やっぱり、息子よりも娘の方がかわいいのか。


「お父さんが高いお寿司を買ってきてやる! ユズキは何が食べたい?」

「やった! だったらね、ウニでしょ、イクラでしょ、ツブ貝でしょ、それからエビ! ボイルした平べったいやつじゃなくて、ぷりぷりのボタンエビがいいな!」


 指折り数えていく。


「よし! わかった!」


 タツキは中トロとノドグロがいい。

 それを伝えようとしたら、父はさっさと出発してしまった。


 まったく。

 本当にマイペースな人だ。


「お兄ちゃん、ありがとね、わざわざ同行してくれて」

「いいよ。家族なんだ。当たり前だろう」


 ユズキのマフラーが乱れていたので、タツキは手で整えてあげた。


「あと、1年間応援してくれてありがとう。おかげさまで、ユズキは志望校に合格することができました」


 そういって受験票の紙を見せつけてくる。


「がんばったのは、ユズキ自身だ。つまり、ユズキの手柄だ」

「でもね、1人の手柄より2人の手柄、2人の手柄よりみんなの手柄の方が、何倍も嬉しいと思うんだ。だから、感謝しています」


 タツキは小さく笑って歩き出した。

 それをユズキが追いかけてくる。


「ユズキは1年間、ほとんど引きこもりだったんだ。しばらくは下界での生活に苦労するぞ」

「は〜い」


 止まっていた時計の針が、しばらくぶりに動き出した。

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