第41話

 けっきょく失敗した。

 ユズキにカマをかける作戦を試したが、決定打となる証拠は得られなかった。


 くそっ……。

 ますます気になる。


『お兄ちゃんもVTuberが好きなんだ』


『も』てなんだ、『も』て。

 ユズキも好きってことか?


 普通に考えたらそうだよな。

 VTuberが好き、だからVTuberデビューした。


 ソファから立ち上がったタツキは、動物園のクマみたいに歩き回って、グチャグチャになった心を落ち着かせる。


 タツキの発言も良くなかった。

 涼風ナギサのこと『まあまあ好き』と答えてしまった。


 何をいったところで、ダメージを受けるわけじゃない。


『死ぬほど好き』

『結婚したいくらい好き』

 そのように答えておけば、ユズキから違った反応を引き出せたかもしれない。


「う〜ん……わからん」


 ところが神様は意外なところから答えをくれた。

 ピンポ〜ン! と玄関チャイムが鳴ったのである。


 母親はちょうどトイレ掃除していて、


「ごめん、タツキ、代わりに出てくれないかしら?」


 助け舟を求めてきた。


 断る理由はない。

 玄関のドアを開けると、おなじみの制服を着た業者のスタッフが、手にダンボールを持って立っていた。


「すみません、神宮さんのお宅ですよね?」


 表札と荷物をチラチラ見比べている。


「はい、うちは神宮ですが……」

「荷物が届いていて、涼風ナギサさん宛なのですが、同居されている方ということでよろしいでしょうか?」

「ああ……」


 本当だ!

 送り先が涼風ナギサになっている!


 タツキは反射的に、


「うちの身内です」


 と答えた。


 宅配ドライバーがホッとする。

 サインを求められたので、伝票に『神宮』と書いておいた。


「受け取り、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 やってしまった。

 普通に受け取ってしまった。


 送り主は『xxxxプロモーション』となっている。

 見たことのある名前だ。

 VTuberの運営会社。


 向こうのミスだろうか?

 芸名じゃなくて実名で送ってくるのが普通だと思うが……。


 あと、対応したのがタツキで良かった。

 もし、父親だったら、涼風ナギサなんて知らん! と突き返していたはず。


 でも、この荷物……。

 どうすればいいのだろう。

 タツキが部屋まで持っていくのは変じゃないか。


「どこから荷物が届いたの?」

「ちょっと、お母さん」


 母の表情が、あっ! と凍りつく。


 全部わかってしまった。

 ユズキからお願いされて、秘密を伏せていたらしい。


「ごめんね、タツキ。悪気があって内緒にしていたわけじゃないの」

「いいよ、別に。誰だって隠し事の一つや二つはあるでしょう」


 母は本当に申し訳なさそうな顔をしている。

 とてもじゃないが、責める気にはならない。


「この荷物、ユズキの部屋に持っていかないと」

「お母さんが持っていくわ。受け取ったのも、お母さんということにしておく」

「そうしてくれると助かるよ」


 ダンボールを受け取った母は、立ち去りかけて、一度振り返る。


「ユズキがVTuberになった理由、気にならないの?」

「とても気になるよ。でも、本人の口から聞くことにするよ」

「そうよね。タツキはお兄ちゃんとして信頼されているからね」


 とてつもない脱力感が湧いてきた。

 テストの最終日が終わった直後みたいに。


 タツキはソファによろよろと腰かける。

 頭がぼんやりしており、携帯を触る気すら起きない。


 そっか。

 涼風ナギサ=神宮ユズキだったか。


 直感は当たっていた。

 もっと早く気づけよ、と自分で自分を叱りたいが。


 去年の今頃。

 ユズキは受験に失敗した。

 どういう風の吹き回しか、VTuberになろうと決意した。


 そして1年くらい前。

 タツキもVTuberに興味を持った。

 そのきっかけが涼風ナギサだった。


 それだけの話。


 二つの線は見えないところでリンクする。

 この世にたくさんある、偶然の産物の一つとして。


 ……。

 …………。


 それから数日後。

 ユズキの大学受験の結果が出た。

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