第40話

 いきなり浮上してきた。

『涼風ナギサ=神宮ユズキ』という可能性。


 その日からタツキは、少しの暇さえあれば、アーカイブ動画をあさるようになった。


 同一人物だったら嬉しい、という気持ちが半分くらい。


 なんといってもナギサはVTuber界の新星だ。

 その中身が妹というのは誇らしい。


 まったくの別人であってほしい、という気持ちが半分くらい。


 妹のことは、まあまあ理解しているつもりだった。

 それが知らないところで有名になって、リスナーの1人として応援していたなんて、マヌケすぎるエピソードといえる。


 どっちだ?

 100回くらい自問自答を重ねる。


 判断しかねていた。

 似ているような、似ていないような。

 少なくとも『涼風ナギサ=神宮ユズキ』を否定できるだけの反証は、まだ見つかっていない。


「わっかんね〜!」


 髪の毛をクシャクシャする。

 そしてふと思う。


『VTuberであることを母親にだけは打ち明けている』


 あの発言がヒントじゃないだろうか。

 タツキの母親に質問すれば、あるいは……。


 しかし、である。

 VTuberであることを父と兄に隠している。


 なぜなのだ?

 配信を観られたくないから?


 逆の立場だったとしよう。

 タツキがこっそりVTuberをやっていたとする。


 ユズキに知られたいか?

 NOである。


 VTuberをやっている自分と、本来の自分は、いささかキャラクターが離れている……はず。

 親近感を演出できるよう、画面の中では子どもっぽく振る舞っている……かもしれない。


 ナギサも一緒じゃないだろうか。

 少しくらい無理している部分がある。

 だから、VTuber活動のことを母にしか教えていない。


『私、リアル兄のことが好きなんですよね』


 イヤホンから流れてくる音声に思わず咳込む。


『冗談みたいな感じでアプローチしてみたら、軽く流されたこともありますし、ドン引きされたこともあって……』


 ゲホッ! ゲホッ!

 あったな! 小学生くらいのとき!

 将来、お兄ちゃんと結婚する! みたいなやつ。


 ジョークだと思っていたから、

『いいか、ユズキ、結婚できるのは18歳以上なんだぞ』

 クソ真面目に返した記憶がある。


 そうだよな。

 リアル兄=神宮タツキの可能性も浮上している。


 タツキは立ち上がった。

 兄として、いや、1人の男として、真実を確かめるべきだと思った。


 告白しよう、ユズキに。


 気持ちは男からぶつけた方がいい。

 古風だろうが、強引だろうが、好きって伝えよう。


 カレンダーを見た。

 3月14日のところに印を付けている。


 ホワイトデー。

 この日なら大学受験の結果も出ており、落ち着いているはずだ。


 2人きりで出かける。

 プレゼントを渡して、ユズキのことが好きだ、女性として好きだ、と伝えてみる。


 いったん妄想の歯車が回りだすと、あらゆる過去のイベントは、3月14日のための伏線だった、という気さえしてきた。


 いまタツキの血はたぎっている。

 恋の季節を迎えたニホンザルみたいに。


 そのためにも……。

 同一人物説を検証せねば……。


 タツキはまずリビングへ向かった。

 ここで待っていれば2時間に1回くらいユズキが部屋から出てくる。


 足音が近づいてきた。

 動画をポチッと再生する。


 TVゲームの切り抜き動画。

 ナギサが先輩を罠にハメようとしたら、間違って自分が罠にハマってしまい、しかも先輩に救助されるという、再生回数10万回を超えたやつ。


「あ、お兄ちゃん」

「よう」


 ユズキが動画に気づいた。

 チラチラ見てくる。


 どっちだ?

 少しは動揺するのか?


「それって、VTuberの子?」

「そうそう。ゲームの動画。かなりおもしろい」

「へぇ〜」


 ユズキの反応は普通である。

 むしろタツキの方が焦ってしまう。


「その子、好きなの?」

「まあまあ好きかな」

「まあまあなんだ」


 ユズキが少しいじけた……ような気がした。


「どうした?」

「別に……」


 そして笑いのシーン。

 ナギサが自分の仕掛けたトラップに引っかかる。


「ぷっ……」


 あ、笑った!

 ユズキが笑った!


「そういう動画、おもしろいの?」

「まあね。何回観ても飽きない。自分でゲームするより、この子たちがゲームする姿を観ていた方が、ずっと楽しい気がする」

「どうしてそう思うの?」


 その質問を予測していなかったタツキは、3秒くらい言葉に詰まってしまう。


「予測不能だから。良い方の意味で。えっ⁉︎ 嘘だろ⁉︎ みたいなアクションを時々するから」

「ふ〜ん、そうなんだ。マヌケだから楽しいってこと?」

「そうじゃない。そうじゃない」


 首を横に振る。


「俺にない発想を持っているから」

「なるほど、なるほど」


 ユズキはあいまいな返事を残して去っていく。


「そっか、そっか。お兄ちゃんもVTuberが好きなんだ」

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