第39話

 VTuberの中身。

 それは秘密のベールに包まれている。


 パンドラの箱にも似ている情報サイトに、タツキはこっそりアクセスしてしまった。


『涼風ナギサの中の人は? 年齢は? 素顔は? 前歴は?』


 ページ冒頭には、いきなり、


『涼風ナギサの中の人は、詳しい情報が明らかになっていません』


 と書かれていて、ホッとひと安心。


 だよな。

 ほぼ全部の配信を観ているタツキですら、詳しいことは知らないのだ。

 そこらへんのVTuberマニアだって、知っているはずがない。


『年齢=19歳説が濃厚⁉︎』


 マジか⁉︎ と驚く。

 これが事実ならタツキの同級生じゃないか。


『涼風ナギサは、デビューから6ヶ月後の配信の中で、お酒いいですね、ナギサも早く飲みたいです、と発言していました。当時、飲酒可能年齢に届いていないことから推察するに、現在は18歳から20歳であると考えるのが妥当です』


 なるほど。

 一理あるな。

 もしかしたら、年齢のサバ読みだった可能性もあるが、ナギサの性格からして、19歳説は濃厚かもしれない。


『涼風ナギサはアルバイトの経験、正社員の経験が皆無⁉︎』


 これも気になった。

 タツキですら初耳だ。


『ほとんどのVTuberは、前職がキツかった、という話をしますが、涼風ナギサは一度も前職について語ったことがありません。働いた経験がない、もしくは楽なアルバイトにしか従事してこなかった可能性が大きいです』


 う〜ん。

 けっこう適当な考察だな。


 たしかにVTuberの口から、飲食の仕事がキツい、コールセンターの仕事がキツい、看護師の仕事がキツい……という話はしょっちゅう聞く。


 しかし、仕事の愚痴ぐちをしない=働いた経験が皆無、は決めつけじゃないだろうか。


『涼風ナギサは配信主として素人の状態でデビューした⁉︎』


 ああ、これは納得。

 同時期にデビューしたVTuberと比べて、当初はトークの切れ味が良くなかった。


 それも1ヶ月、2ヶ月と活動するうちに、見違えるほど上達してきた。

 若さゆえの成長速度みたいなやつも魅力の1つなのだ。


『リアル兄のことが大好き⁉︎』


 うっ……これな。

 兄貴ラブが全開だからな。


 サイトの情報によると、


『他のVTuberの中にも、弟のことが好き、妹と仲がいい、と公言する人はいますが、涼風ナギサのお兄ちゃん愛は並大抵ではありません』


『涼風ナギサの口から語られる思い出話には、だいたいリアル兄が登場します』


『妹キャラで売り出しているからこそ許される行為ですね』


 ブラコンVTuberです、とレッテルを貼るような書きっぷり。

 ちょっとだけ悪意を感じてしまう。


『リアル兄の正体は不明⁉︎』


 年齢、職業、住んでいる場所。

 それらを含めて不明。


 10歳くらい離れているのでは?

 そんな説があるくらいだ。


「…………」


 これ以上、見ない方がいいのでは?

 タツキは迷いに迷った。


 けれども、ナギサの全部を知りたい、という気持ちもある。

 この感情は恋に似ているかもしれない。


 ページをスクロールした。

 すると指が止まらなくなった。


『涼風ナギサ=浪人生説が濃厚⁉︎』


 なんだって⁉︎ と声が飛び出そうになった。

 浪人生ならタツキの近くに1人いるのだ。


『過去の発言から、涼風ナギサが大学受験を経験していることは判明しています。しかし、肝心のキャンパスライフについては、一言も語られたことがありません。志望校に落ちて1年間浪人している可能性があります』


『大学生=暇人、というのは過去の話で、近年の大学生は忙しいです。もし、涼風ナギサが現役大学生であるなら、現在の配信頻度はいささか神がかっています』


 うっ……。

 なるほど。

 この書き手、なかなか鋭いな。


 タツキは大学生だから理解できる。

 専業VTuberじゃない限り、ほぼ毎日配信なんて不可能だろう。


 少なくとも、涼風ナギサのクオリティを維持するのは、現役大学生だと無理がある。


 そうなのか?

 ナギサは浪人生なのか?


 大学受験する人は、毎年50万人くらいといわれる。

 そのうちの20%、およそ10万人が浪人するらしい。


 半分が女子として5万人。

 その中にユズキがいる。

 もしかしたら、涼風ナギサも。


 兄がいる確率って、どのくらいなんだ?

 そこらへんの女子をサンプリング調査したら、4人に1人くらいは兄がいるのか?


 兄が好きな妹って何%いるんだ?

 10%か? 5%か? 3%か?


 兄妹の仲は悪いと相場が決まっている。


 あまり想像したくないが……。

 数ある可能性の一つとして……。


『涼風ナギサ=神宮ユズキ』


 が浮上してきた。


 ユズキは歌がうまい。

 絵だって、そこそこ描ける。


 ピアノだ。

 ナギサもピアノを弾けるという話だった。


 声質はどうだろう?

 似ているような、似ていないような。

 話し方のイントネーションは明らかに違う。


「いや……まさか……でもな……防音室……」


 外はすっきり晴れているのに。

 タツキの心だけモヤモヤと雲が垂れ込めていた。

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