第38話

 技能検定でミスしやすいポイントは決まっている。


 S字カーブ、坂道発進、縦列駐車……。

 タツキは練習で習ったことを思い出し、ハンドルに手をかけた。


「緊張するかい?」


 声をかけてきたのは助手席の教官。

 いつも指導してもらっている人だ。


「まあ、それなりには」

「大丈夫、大丈夫、神宮くんは上達が早かったからさ」


 大丈夫といわれると、ますます緊張するんだけどな。

 タツキは3回くらい深呼吸しておく。


「それじゃ、検定をはじめようか。朝方に降った雨のせいで、路面が滑りやすくなっているから気をつけて」


 滑りやすい⁉︎

 ふいにユズキの顔がフラッシュバックした。


 それからというもの、消えないノイズ音みたいに雑念が暴れて、タツキのハンドル操作を乱してきた。


 ガコン!

 やっちゃった。

 S字カーブのとき、前輪がちょっとはみ出しちゃったのである。


 すぐに後方確認して、バックすることに成功した。

 幸いなことに、ミスが次のミスを呼ぶことはなく、なんとか検定を終えられた。


 うわ〜。

 心臓に悪い。

 囚人みたいにうなだれて結果発表を待つことに。


「どうだった? ちゃんと走れたか?」


 声をかけてきたのは天使ネムリファンの彼。


「一回脱輪してしまった。落ちてしまったかもしれない」

「脱輪か。やらかしたな。でも、一回ならセーフのはずだ」

「そうなの?」


 減点方式であり、一発でOUTになることは滅多にないらしい。


「教官がその場で中止を宣言しなかったのだろう?」

「まあ……」

「だったら、大丈夫だ。脱輪を2回連続でやったら、その場でOUTを宣告されたと思う」


 彼のいった通り、合格者の中に、タツキの番号を見つけた。


 首の皮一枚で助かった。

 そんな気分だ。


「やったな。明日から一般道路だな」

「構内でもこれだけ緊張するんだ。一般道路だと、どれほど緊張するのやら」

「めずらしく弱気じゃないか」


 妹が今日、大学受験であることを教えた。


「そうなのか。俺たちも1年前は受験生だったな」

「合格発表までの10日間くらいは生きた心地がしないよな」

「受かっているといいな、妹さん」

「まあな」


 ユズキからメッセージが届いた。

 午前の教科は手応えあり。

 これから昼食らしい。


 仮免許の技能検定に合格したことを、タツキからは伝えておいた。


 すぐに返信がきた。

 おめでとう! と。


「VTuberが人気になってきたせいか、この手のサイトが増えてきた」


 彼が教えてくれたのは、VTuberのまとめサイト。

 前世は? 素顔は? 実際の年齢は? みたいなページ。


「そんな情報、分かるのか?」

「顔バレしている人は顔バレしている」

「それは……何というか……プライバシー保護の観点で問題という気がする」

「まあな。でも、元アイドルだっているんだ。それにVTuberとしてデビューする前から、配信主として有名だった人も少なくない」


 涼風ナギサのことが頭をよぎった。

 気になるか、気にならないか、の二択でいえば気になる。


 歳は近いはずだ。

 もしかしたら、タツキと同じ大学生かもしれない。


 実家暮らしといっていた。

 しかし、出身地とかは不明。


 方言とかなまりは……。

 タツキが知る限り、きれいな標準語を話している。


 ナギサが近くに住んでいるかも。

 その可能性はゼロではない。


「俺もネムリンの中の人は気になる。だが、見てはダメだ、という気もする。CGの皮をかぶった状態が、天使ネムリであり、素の状態はまったくの別人という気がする」

「たしかに。ネムリンは天界からやってきた天使という設定だしな」

「だが、気になる気持ちもある。こういうの、何ていうんだろうな」


 タツキはぼけ〜と天井を見つめた。


「アレじゃないか。好きな女の子の秘密が気になる、というやつ」

「なるほど。ちなみに、涼風ナギサちゃんのページもあるぞ」

「えっ⁉︎ マジで⁉︎」

「心配するな。大した情報は載っていないさ」


 彼はそういうなり、リンク先をポチッと開いた。

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