第28話

 カレンダーがいくつか進んで、2月14日。

 バレンタインの当日は、この冬にしては珍しい、すっきり晴れた好日だった。


 大学の講義をすべて終えたタツキは、昨日のうちに自動車学校へいって、MTマニュアル車のコースを申し込んでおいた。


『明日から教習を受けられますが、どうされますか〜?』

 1日でも早く免許を取るに越したことはないので、さっそく教習所ライフをスタートさせた。


 1日あたり2時間か3時間の教習を受ける。

 それが月曜から日曜まで続く。


 タツキと同世代の生徒が多いし、元同級生や同じ大学の知り合いもいるから、キャンパスライフの延長みたいな場所といえよう。


 朝食を食べるため、リビングをのぞいたとき、タツキの席にリボン付きの箱が置かれていた。


 ユズキからだ。

 昨日、母と一緒にチョコ菓子を焼いた、と聞いている。


 さっそく開けてみるとガトーショコラが入っていた。

 四角い棒状のやつで、食べやすいようカットされている。


 嬉しいことに直筆の手紙つき。

 周りを警戒してから、ゆっくりと読んでいく。


『ハッピーバレンタイン♪

 マイ・ディア・ブラザー。


 とうとう2月14日ですね。

 去年はチョコレートを渡せなかったので、量も気持ちも2倍にしておきました。

 喜んでくれると嬉しいです。


 お兄ちゃんは今日から自動車教習所と聞いています。


 どんなところだろう?

 鬼みたいな教官がいるイメージしか湧きません。

 あとで教えてください、応援してます、がんばって。


″今年はチョコレートをもらう予定はない。″


 お兄ちゃんがそういっていた意味がようやく理解できました。

 すでに大学の講義が終わって、みんなと顔を合わせるチャンスがないのですね。


 この状況は可哀想なので、来年も、その来年も、さらに来年も、ユズキが近くにいたら、チョコレートを渡します。


 他県に住んでいたら……。

 お母さんのチョコで我慢してください。

 食べ物を郵送すると気持ちが半減しちゃいそうで嫌なのです。


 ホワイトデーのお返し、楽しみにしています。

 クッキーが定番ですが、あれは飽きやすいので、マカロン、フィナンシェ、チョコレート、といったように3種類に分けてくれてもいいです。


 あんまり安いとヘソを曲げます。

 金額の上限はありませんが、高すぎるとびっくりして気絶します。

 よくよく慎重に吟味ぎんみされたし。


 以上。

 甘いものが大好きなユア・ディア・シスターより。


 追伸)ガトーショコラは痛むので、5日以内に完食してください。


 さらに追伸)滑り止めの私大、受かっていました。ユズキは順風満帆じゅんぷうまんぱんです。』


 最後にイラストが添えられている。


 ヤギかな? ロバかな?

 そう思ったが、今年が丑年うしどしであることを思い出し、牛だと判明した。


 かわいいな。

 ユズキが愛らしいのは知っていたが、こんなにも愛がこもった手紙、書けるとは知らなかった。


『チョコ欲しい』

 お願いして正解といえる。

 ガトーショコラはもちろん嬉しいが、この手紙はタツキの宝物にして、1ヶ月に1回読み返したいレベル。


 さてさて。

 ホワイトデーのお返しを何にするか。

 その頃にはユズキの進学先も決まっているだろうし、どこかへ連れていくのもアリだな。


「どうしたの、ニヤニヤしちゃって」

「うわっ⁉︎ お母さん⁉︎」


 口から心臓がこぼれそうなくらい驚く。


「あら、ユズキからのお手紙? お母さんにも読ませてよ」

「ダメダメ。これは俺がもらったやつだから」

「いいじゃない。減るものじゃないから」


 しつこくお願いされたので、母にも読ませてあげた。


「あの子ったら、甘えん坊な性格が出ているわね」

「ツンツンして反抗的な性格より100倍いいよ」


 母から返してもらった手紙は、汚さないようハンカチの上に置いておく。


「知らなかった。ユズキ、手紙を書くのがうまいね」

茶目ちゃめのある文章、あれに似ているわね。あしながおじさん。ほら、あの子、昔から本を読むのが好きでしょう」

「ああ、たしかに」


 うちの両親は、決して教育熱心な性格とはいえない。

 それでも昔はよく児童文学を買い与えてくれた。


 あしながおじさんのストーリーは9割忘れている。

 好きになった男性が、実は文通の相手で、いざ会ってみてびっくり、というオチだと記憶している。


 シンデレラ・ストーリーの一種。

 ユズキが好きそうな筋書きだ。


「ユズキの勉強、順調そう?」

「ええ、手紙に書いてある通りよ」

「そっか。なら、安心だね」


 ガトーショコラを一切れ食べて、余所よそ行きの服装に着替えたタツキは、念願だった免許を取るべく、自動車学校への一歩を踏み出した。

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