第27話

 12時になった。


 みんなで昼食を食べにいこうぜ。

 そんな話になったので、荷物をまとめて、いったん部室に鍵をかける。


 これから向かうのは牛丼屋。

 大学の最寄りは激混みなので、車で穴場のお店まで連れていってもらう。


 先輩がスマホホルダーに携帯をセットする。


 流れてきたのはVTuberの曲。

 タツキは知らなかったが、月額制の音楽配信サービスに、VTuberも参入してきているらしい。

 勉強のお供にありがたい、と先輩は喜んでいた。


「そういや、神宮は涼風ナギサちゃんが推しなんだっけ?」


 信号待ちのとき話を振られる。


「そうです。唯一メンバー会員になっています」

「へぇ〜、一途なんだ。やるな〜」


 タツキにいわせると、推しメンが複数って難しくないか? という気がする。


 推しの数だけメンバー会員になるのか。

 それぞれのライブ配信を観て、投げ銭も別々にするのか。


 もし、ライブ配信の時間帯が重なったら、どっちを優先するのだろうか。

 1番目の推し、2番目の推し、3番目の推し……と順位があるのだろうか。


 もっとすごいのがDD。

『誰でも大好き』の略で、もう事務所とか関係なく、あちこちに推しが存在するような状態。


 わからん。

 大学生のタツキでさえ、ナギサの応援でお腹いっぱいだ。

 1日が36時間くらいないと足りないぞ。


「ナギサちゃんのどんなところが好きなの?」

「そうですね、色々ありますが……」


 これは難しい質問である。

 牛丼のどこが好きなの? と訊かれても、すぐに反応できないのに似ている。


「理由になっているか分かりませんが、生まれて初めてライブ配信を観たのがナギサちゃんだった、というのは影響しています」

「わかる〜! 俺もその口だわ〜!」


 別の先輩が賛同してくれた。


「去年のGW明けくらいでしたが……」


 ちょうど大学生活に慣れてきた時期だった。

 バイト先も決まって、現在のサークルに入って、心に余裕ができたとき。


 VTuberデビューして間もないナギサがライブ配信していた。


 当時のしゃべり方は、お世辞にも上手いといえなかった。

 緊張しているのが伝わってきて、


『大丈夫、笑って〜』

『ちゃんと聞こえているよ〜』


 みたいなコメントを無意識に打ち込んでいた。


 ある日、ふと気づく。

 名前の横にアイコン付きのリスナーがいる。

 どうやらメンバー会員になるとバッジが付くらしい。

 1週間、1ヶ月、半年……そういう節目でバッジも進化するようだ。


 月々約500円から。

 よし、加入しておこう、と思って人生初のメンバー会員入りを果たした。

 するとナギサがすぐに反応して、


『タッキーさん、メンバー会員ありがとうございます』


 画面の向こうで笑ってくれた。


 びっくりした。

 この通知、向こうも見ているんだ、と。

 あの瞬間の感動は、人が恋に落ちるときに似ている。


「気づけば古参のファンになっちゃったので、ずっと応援していますね。ナギサちゃんのトークも毎月上手くなっていって、応援し甲斐があります」


 あとはアニソンの選曲。

 タツキと『好き』のセンスが似ている。

 もしかしたら、気のせいかもしれないが。


「神宮って、妹がいるじゃん。そして、ナギサちゃんも、妹キャラで売り出しているじゃん。やっぱり、年齢が近い2人を重ねている部分はあるの? その歳になると、リアル妹なんて、兄貴に冷たいだろう」

「いやぁ……」


 まいったな。

 妹がいる、とサークルの自己紹介で打ち明けたが、実は義理の妹なんです、とは教えていない。


 ラブコメかよ!

 と冷やかされているのが目に見えているから。


 あと、ユズキは冷たくない。

 そりゃ、小学生の頃より距離は感じるが、


『お兄ちゃん、キモっ!』

『勝手に私の物に触らないで!』


 といった一般的な妹が口にしそうなフレーズは一度も言ったことがない。


「うちの妹とナギサちゃんは、似ても似つかない性格ですよ。妹とつながりたい欲求を、ナギサちゃんで補うなんてこと、さすがにないです」


 笑って誤魔化しておく。


「でも、ナギサちゃんの中身が神宮の妹っていう可能性、ゼロではないだろう」

「ありえないですって。それは妄想の世界です。もしそうなら求婚します」


 神宮ユズキ=涼風ナギサだった日には、全裸で冷え冷えの日本海に飛び込むしかない。

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